1980年から1984年までのわずか5年間で、AORのレコードは音の作り方そのものが入れ替わりました。1980年の時点では、ロサンゼルスやニューヨークのスタジオで腕利きのセッションマンが一斉に演奏し、アナログの24トラック・テープに録り、生のホーン・セクションが曲を押し上げるのが標準でした。ところが1984年になると、主旋律の裏を支えるのはシンセサイザーのパッドとシーケンス、ドラムは打ち込みと人力の境目が曖昧になり、ヒット曲には映像が付いて回るのが当たり前になります。
この記事は、その変化を「年代順に並べた10枚」で追いかける構成にしています。選んだ基準は二つです。ひとつは、録音や編曲の面でその年の空気をはっきり刻んでいること。もうひとつは、AORの文脈で今も聴き継がれていること。順位はつけず、発売順に並べました。1枚目のAirplayから10枚目のBryan Adamsまで通して読むと、同じ西海岸のセッションマンたちが、5年のあいだに「生演奏の職人」から「デジタル時代の音作りの担い手」へと役割を変えていく様子が見えてきます。
背景として押さえておきたい出来事は二つあります。1981年8月1日にアメリカでMTVが放送を開始したこと、そして1982年にDonald Fagen『The Nightfly』が3M製のデジタル・マルチトラック・レコーダーで録音されたことです。前者は「曲をどう見せるか」を、後者は「曲をどう記録するか」を変えました。より広くAORの全体像を押さえたい方はAOR名盤ランキング100選を、ヒットチャートの外側にある作品はAOR隠れ名盤10選を併せてどうぞ。
1980→1984 10枚の録音年表
下の表は、10枚を発売順に並べ、プロデューサーと録音上の特徴、全米アルバム・チャート(Billboard 200)の最高位をまとめたものです。最高位は各作品の資料で確認できた数字のみ記載しています。
| No. | 年 | アルバム | レーベル | プロデューサー | 録音上の特徴 | Billboard 200最高位 | 入口の1曲 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 1980 | Airplay『Airplay』 | RCA | David Foster / Jay Graydon | アナログ録音。複数スタジオで多重録音、Jerry Heyらの生ホーン | —(※) | Stranded |
| 2 | 1980 | Steely Dan『Gaucho』 | MCA | Gary Katz | アナログ録音。自作ドラム・マシン「Wendel」で基本ビート、参加奏者42人以上 | 9位 | Babylon Sisters |
| 3 | 1980 | Robbie Dupree『Robbie Dupree』 | Elektra | Rick Chudacoff / Peter Bunetta | アナログ録音。プロデューサー2人がリズム隊を兼ねる小編成 | 51位 | Steal Away |
| 4 | 1982 | Donald Fagen『The Nightfly』 | Warner Bros. | Gary Katz | 3M製32トラックによる初期の全編デジタル録音。Wendel IIは16ビット化 | 11位 | I.G.Y. (What a Beautiful World) |
| 5 | 1982 | Michael McDonald『If That’s What It Takes』 | Warner Bros. | Ted Templeman / Lenny Waronker | アナログ録音。名手の人力グルーヴ、Marty Paichのストリングス | 6位 | I Keep Forgettin’ |
| 6 | 1982 | TOTO『TOTO IV』 | Columbia | TOTO | アナログ24トラック機を最大3台SMPTE同期。Abbey Roadでストリングス | 4位 | Rosanna |
| 7 | 1983 | Journey『Frontiers』 | Columbia | Mike Stone / Kevin Elson | Roland Jupiter-8が曲の骨格に。初のコンセプト・ビデオ | 2位 | Separate Ways (Worlds Apart) |
| 8 | 1984 | Chicago『Chicago 17』 | Full Moon / Warner Bros. | David Foster | シンセ・プログラマー3人をクレジット。ホーンは後景へ | 4位 | Hard Habit to Break |
| 9 | 1984 | Glenn Frey『The Allnighter』 | MCA | Glenn Frey / Barry Beckett / Allan Blazek | シンセ主体のアレンジ。『マイアミ・バイス』とMTVでヒット | 22位 | Smuggler’s Blues |
| 10 | 1984 | Bryan Adams『Reckless』 | A&M | Bob Clearmountain / Bryan Adams | 大きく響くドラム・サウンド。6曲が全米トップ15入り | 1位 | Heaven |
※Airplay『Airplay』は、全米アルバム・チャートの最高位を確認できる資料が見当たらないため、記載を控えています。
1980年:アナログ・テープと生ホーンの到達点
1980年の3枚は、いずれもアナログ録音の時代に作られたレコードです。ただし同じアナログでも中身は大きく違います。西海岸の職人を総動員した豪華版、ニューヨークで機械仕掛けのリズムを試した完璧主義の産物、そして小さな編成で一曲のヒットを生んだ新人のデビュー作。この3枚の距離感が、80年代AORの出発点の幅広さをそのまま示しています。
1. Airplay『Airplay』(1980)
David FosterとJay Graydonという、のちに80年代の西海岸サウンドを代表するプロデューサー2人が組んだ、ただ一枚のスタジオ・アルバムです。1978年から1979年にかけて、ハリウッドのSunset Sound RecordersやConway Studiosなど複数のスタジオで録音され、1980年2月にRCAから発売されました。ドラムはJeff PorcaroとMike Baird、ギターにはSteve Lukatherも加わり、ホーンはJerry Hey、Gary Grantらが担当しています。リード・ヴォーカルは主にTommy FunderburkとGraydonが分け合い、「Bix」とEarth, Wind & Fire曲のセルフ・ヴァージョンではBill Champlinもリードを取っています。
聴きどころは、アナログ録音の時代に「どこまで音を重ねられるか」を試したような密度です。「Stranded」の冒頭から、Fosterのピアノとシンセ、Graydonの多重ギター、ブラスが隙間なく噛み合い、コーラスが何層にも積まれていきます。その徹底した作り込みこそが、このアルバムの個性です。Earth, Wind & Fireが先に録音した「After the Love Has Gone」のセルフ・ヴァージョンでは、同じ曲をロック寄りのバンド・アンサンブルで鳴らすとどうなるかを比べられます。
本国アメリカ以上に、日本などで長く聴かれ続けてきた作品です。1980年代のFosterプロデュース作の原型として聴くと、後半に出てくるChicago『Chicago 17』との距離がよく分かります。
次に聴くなら:個別レビューAirplay『Airplay』で全曲の構造を確認したうえで、同じLukatherとPorcaroが核になったTOTOのデビュー作へ進むと、二つのチームの音の違いがはっきりします。
2. Steely Dan『Gaucho』(1980)
1980年11月21日にMCAから発売された、2000年の『Two Against Nature』まで、Steely Dan名義では最後のスタジオ・アルバムとなった作品です。プロデューサーはGary Katz。録音はニューヨークとロサンゼルスの複数のスタジオにまたがり、参加ミュージシャンは少なくとも42人に及びます。「Time Out of Mind」のギター・ソロはMark Knopfler、「Third World Man」のソロはLarry Carlton、タイトル曲のドラムはJeff Porcaro、「Babylon Sisters」はBernard Purdieと、一曲ごとに最適な奏者を呼び分ける手法が極限まで推し進められました。
この作品の特異点は、エンジニアのRoger Nicholsが自作したドラム・マシン「Wendel」です。録音予算で作られたこの装置は、「Hey Nineteen」「Glamour Profession」「My Rival」の基本ビートに使われたとされます。RIAAがこの機械にプラチナ・ディスクを贈ったという逸話は、セッションマンの時代のただ中で「機械のリズム」が名盤の土台になった象徴的な出来事です。アルバムは全米9位、「Hey Nineteen」はシングルで10位を記録し、翌年のグラミー賞では最優秀録音技術賞(ノン・クラシカル)を受賞しました。
聴くときは「Babylon Sisters」の冒頭に注目してください。ドラム、ベース、エレピ、ホーンの一音一音が分離して聴こえる、アナログ録音でここまで整理できるのかという音像です。そのうえで「Hey Nineteen」に移ると、人間の揺れを抑えたビートの上で、Walter Beckerのベースだけがわずかに前へ出るのが分かります。
次に聴くなら:Steely Dan『Gaucho』の個別レビューで制作の経緯を追い、2年後のFagen『The Nightfly』へ。WendelがNightflyで「Wendel II」に進化した流れがつながります。
3. Robbie Dupree『Robbie Dupree』(1980)
前の2枚が大所帯の作品だとすると、こちらは小さなチームで作られたデビュー作です。1980年にElektraから発売され、プロデュースはRick ChudacoffとPeter Bunetta。この2人がそのままベースとドラムを担い、キーボードのBill Elliott、ギターのRobert Palmer(同名の英国歌手とは別人のギタリスト)、パーカッションのMiguel Riveraが中核を固めています。Bill LaBountyもキーボードで参加し、彼とStephen Geyerが書いた「Hot Rod Hearts」が収録されました。Bill ChamplinとDavid Fosterの共作バラード「We Both Tried」も入っています。
先行シングル「Steal Away」は全米6位、アダルト・コンテンポラリー・チャートでも5位を記録し、続く「Hot Rod Hearts」も15位に入りました。アルバムは全米51位。Dupreeはこの年のグラミー賞最優秀新人賞にノミネートされ、受賞したのはChristopher Crossでした。
「Steal Away」は、跳ねるようなエレピのリフと軽いシャッフルのリズムが印象的な曲で、1979年から80年にかけて西海岸のラジオで何が求められていたかがよく分かります。一方で「Hot Rod Hearts」は、ギターのカッティングとタイトなドラムが前に出た、少しロック寄りの手触り。大編成ではなく、気心の知れた数人のプレイヤーが作った音の軽さが、このアルバムの魅力です。
次に聴くなら:比較の起点としてThe Doobie Brothers『Minute by Minute』、グラミー賞で競ったChristopher Crossのデビュー作を並べて聴くと、1980年の「軽やかなAOR」の幅が見えてきます。
1982年:デジタル録音とMTVが同じ年にやってきた
1981年8月にMTVが放送を開始し、翌1982年には全編デジタル録音のポップ・アルバムが登場します。この年に出た3枚は、いずれも西海岸とニューヨークのトップ・セッションマンが関わりながら、録音方式も目指した音もまったく異なります。1982年という年の重なりについては、1982年『スリラー』と『TOTO IV』の記事でも詳しく取り上げています。
4. Donald Fagen『The Nightfly』(1982)
1982年10月1日にWarner Bros.から発売された、Donald Fagen初のソロ・アルバムです。プロデューサーは引き続きGary Katz、チーフ・エンジニアはRoger Nichols。この作品はポピュラー音楽で最も早い時期の「全編デジタル録音」の例として知られ、3M製の32トラックと4トラックのデジタル・レコーダーが使われました。エンジニアたちはミネソタ州セントポールの3Mで講習を受けたうえで録音に臨み、Gaucho期のドラム・マシンWendelも、8ビットから16ビットへ改良された「Wendel II」になっています。
参加ミュージシャンはライナーノーツで31人。Larry Carltonが多くの曲でリード・ギターを弾き、ドラムはJeff Porcaro、James Gadson、Ed Greeneら、キーボードにはMichael OmartianとGreg Phillinganesが名を連ねます。アルバムは全米11位、プラチナ認定。冒頭曲「I.G.Y. (What a Beautiful World)」はシングルで全米26位、アダルト・コンテンポラリー8位を記録しました。グラミー賞では7部門にノミネートされています。
聴きどころは、テープ・ヒスのない静けさの中で鳴る音の輪郭です。「I.G.Y.」ではAnthony Jacksonのベースと、Rob Mounseyが編曲したBrecker兄弟らのホーンが、どの音量でも混ざらずに並んでいます。「New Frontier」は当時MTVでよく流れた曲で、軽快なシャッフルの上をシンセが滑っていく感触は、Gauchoの密室的な緊張とは対照的です。アナログ録音のGauchoと聴き比べると、音の「温度」の違いが実感できます。
次に聴くなら:Donald Fagen『The Nightfly』の個別レビューのあと、ここでも活躍するLarry Carltonのソロ作『Larry Carlton』へ。
5. Michael McDonald『If That’s What It Takes』(1982)
The Doobie Brothersの解散後、Michael McDonaldが1982年8月3日にWarner Bros.から出したソロ・デビュー作です。プロデューサーはTed TemplemanとLenny Waronker。ノース・ハリウッドのWarner Bros. Recording Studio、Sunset Sound、そしてストリングスを録ったOcean Wayと、ロサンゼルスの主要スタジオで制作されました。ドラムにJeff PorcaroとSteve Gadd、ギターにSteve LukatherやRobben Fordらが参加し、ストリングス編曲はMarty Paich、ホーン編曲はJerry Heyが担当しました。
アルバムは全米6位、R&Bアルバム・チャートでも10位に入りました。先行シングル「I Keep Forgettin’ (Every Time You’re Near)」は全米4位、R&Bチャート7位。この曲の作者クレジットには、Jerry LeiberとMike Stollerの名前も含まれています。
「I Keep Forgettin’」で耳を向けたいのは、Brothers JohnsonのLouis Johnsonが弾くベース・ラインです。Jeff Porcaroのハイハットと絡む指弾きのうねりが曲全体を前に進め、McDonaldのエレピとシンセがその上に柔らかく乗ります。このベースとリズムは、1994年にWarren G「Regulate」でサンプリングされ、ヒップホップの世代にも届きました。機械でリズムを組んだGauchoとは逆に、名手の人力グルーヴを磨き上げた1982年の「生演奏派」の代表作です。
次に聴くなら:Michael McDonald『If That’s What It Takes』の個別レビュー、そしてDoobie時代の『Minute by Minute』へさかのぼると、声とエレピの関係がどう引き継がれたかが分かります。
6. TOTO『TOTO IV』(1982)
西海岸のセッションマンたちがバンドとして作った、ひとつの到達点です。1982年4月1日にColumbiaから発売され、プロデュースはTOTO自身、ミックスはGreg Ladanyi。録音は1981年6月から1982年1月まで、ロサンゼルスのSunset SoundとRecord Oneを中心に、ロンドンのAbbey Roadでも行われました。ストリングスはJames Newton Howardが編曲・指揮し、Martyn Ford Orchestraが演奏しています。
録音面の特徴は、デジタルではなくアナログの24トラック・レコーダーを最大3台までSMPTEタイムコードで同期させ、トラック数を確保した点です。マスター・テープの摩耗を避けるためにトラックをコピーしながら作業したとも記録されています。デジタル録音のNightflyと同じ年に、アナログ録音を力業で拡張した作品が出ていたわけです。
アルバムは全米4位、RIAAで4×プラチナ。「Rosanna」が全米2位、「Africa」がバンド唯一の全米1位、「I Won’t Hold You Back」が全米10位・アダルト・コンテンポラリー1位を記録し、1983年のグラミー賞では年間最優秀アルバム、「Rosanna」での年間最優秀レコードなど6部門を獲得しました。
「Rosanna」では、Jeff Porcaroのハーフタイム・シャッフルの上に、生のホーンとシンセのリフが交互に現れる構成に注目してください。生ホーンとシンセが同じ曲の中で役割を分け合っている様子は、1980年から84年への移行期をそのまま音にしたようです。
次に聴くなら:TOTO『TOTO IV』の個別レビューと、同じ年の文脈を扱った1982年『スリラー』と『TOTO IV』を続けてどうぞ。
1983〜1984年:シンセが前に出て、ヒットは映像とともに
1983年以降、AORの主役はピアノとギターからシンセサイザーへと移っていきます。同時に、MTVでの露出がヒットの条件になり、バンドは「演奏する姿」を映像で見せる必要に迫られました。最後の4枚は、その変化への応え方がそれぞれ違います。
7. Journey『Frontiers』(1983)
1983年2月1日にColumbiaから発売された、Journeyの8作目のスタジオ作です。プロデューサーは前作『Escape』に続いてMike StoneとKevin Elson。録音はカリフォルニア州バークレーのFantasy Studiosで1982年に行われました。アルバムは全米2位、RIAAで6×プラチナを獲得し、イギリスでは6位とバンド最高位を記録しています。
このアルバムを80年代AORの流れで聴く意味は、Jonathan Cainのキーボード、とりわけRoland Jupiter-8の存在感にあります。冒頭の「Separate Ways (Worlds Apart)」は、シンセのリフがギターより先に曲の骨格を作る構成で、Cainはバンド全体のリズムをシンセに通す必要があったと語っています。この曲は全米8位に6週連続でとどまり、メインストリーム・ロック・チャートでは4週1位。バンドにとって初めてのコンセプト・ビデオがニューオーリンズの埠頭で撮影され、MTVで流されました。AllMusicのレビューが「キーボードがNeal Schonのギターや Steve Perryの歌を覆っている」と評したことも、この変化をよく表しています。
聴き比べるなら、「Separate Ways」の分厚いシンセ・ブラスと、バラード「Faithfully」(全米12位)のピアノを並べてみてください。前者は1983年の新しい音、後者は70年代から続くAORバラードの系譜で、一枚の中に新旧が同居しています。
次に聴くなら:Journey『Frontiers』の個別レビュー、そして2年前の『Escape』と並べると、シンセが前に出てくる過程を同じバンドで確かめられます。
8. Chicago『Chicago 17』(1984)
1枚目のAirplayで作り手側にいたDavid Fosterが、4年後にプロデューサーとして完成させた一枚です。1984年5月14日にFull Moon/Warner Bros.から発売され、録音はノース・ハリウッドのThe Lighthouse、Sunset Sound、Record Plantで行われました。Fosterはプロデュースに加えてキーボードとシンセ・ベースを担当し、シンセ・プログラミングにはErich Bulling、Marcus Ryle、John Van Tongerenがクレジットされています。
ホーン・バンドとして出発したChicagoですが、このアルバムでもJames Pankowが5曲のホーン編曲を担い、生のブラスは残っています。ただし、曲の前面に立つのはシンセとCetera/Champlinの声です。先行シングル「Stay the Night」は全米16位で、ドラムはDanny Seraphineに代わってJeff Porcaroが叩いたとされ、Cash Box誌はその音を「ハードなドラム・ビートとテクノ風のシンセ」と形容しました。続く「Hard Habit to Break」と「You’re the Inspiration」はともに全米3位、「Along Comes a Woman」も14位。アルバムは全米4位、RIAAで6×プラチナです。
「Hard Habit to Break」では、アコースティックな歌い出しから電気的なサウンド、オーケストラへと場面が切り替わる編曲に注目してください。グラミー賞ではFosterとJeremy Lubbockがこの曲で最優秀インストゥルメンタル編曲賞(歌唱伴奏)を受賞しています。生ホーンが主役だった1970年代のChicagoと比べると、5年間でAORの重心がどこへ移ったかが一曲で分かります。
次に聴くなら:Fosterの出発点として、もう一度Airplay『Airplay』へ戻ってみてください。同じ作り手の4年間の変化がはっきり聴き取れます。
9. Glenn Frey『The Allnighter』(1984)
Eaglesの解散後、Glenn Freyが1984年7月にMCAから発表した2作目のソロ・アルバムで、彼のソロ作の中で最も成功した作品です。プロデューサーはFrey、Barry Beckett、Allan Blazekの3人。シンセとオルガンにDavid “Hawk” Wolinski、ドラムにJohn Robinsonらが参加し、Frey自身もギターに加えてキーボードとシンセを弾いています。アルバムは全米22位、RIAAでゴールド認定を受けました。
この作品は、MTVと映像がヒットをどう押し上げたかを示す好例です。Jack Tempchinとの共作「Smuggler’s Blues」は全米12位を記録し、テレビ・ドラマ『マイアミ・バイス』で同名のエピソードが作られ、Frey自身がパイロット役で出演しました。この曲のミュージック・ビデオは1985年のMTVビデオ・ミュージック・アワードを受賞しています。「Sexy Girl」とともに、2曲が全米トップ20入りを果たしました。
「Smuggler’s Blues」は、ブルースの骨格に冷たいシンセのリフとタイトなドラムを重ねた曲で、Eagles時代の乾いたギター・サウンドから意識的に距離を取っているのが分かります。タイトル曲「The Allnighter」では、ゆったりしたソウル・バラードの中に、サックスと柔らかなシンセ・パッドが溶け合います。西海岸ロックの作り手が、1984年の音にどう順応したかを聴ける一枚です。
次に聴くなら:Eagles解散前最後のスタジオ作『The Long Run』と並べると、Freyのソングライティングが5年間でどう変わったかが比べられます。
10. Bryan Adams『Reckless』(1984)
10枚目は、AORがアリーナ・ロックとMTVの時代に合流した地点として選びました。1984年11月5日、Adamsの25歳の誕生日に合わせてA&Mから発売。プロデュースはBob ClearmountainとAdams自身で、録音はバンクーバーのLittle Mountain Sound Studiosとニューヨークのパワー・ステーションで行われました。Clearmountainはミックス・エンジニアとしても知られ、ドラムの響きを大きく、かつ輪郭を保ったまま聴かせる手腕が全編に生きています。
チャートの動きも特徴的です。アルバムは1985年1月にいったん全米6位まで上がったあと、シングルが続いたことで再浮上し、同年8月に1位に到達しました。「Heaven」(1位)、「Summer of ’69」(5位)、「Run to You」(6位)、「Somebody」(11位)、「One Night Love Affair」(13位)、Tina Turnerとのデュエット「It’s Only Love」(15位)と、6曲がトップ15入り。RIAAで5×プラチナ、カナダでは国内で初めて100万枚を超えたカナダ人アーティストのアルバムになりました。
AORリスナーにとっての入口は「Heaven」です。ピアノとシンセのパッドに導かれて始まり、Keith Scottのギターとドラムが加わっていく構成は、1980年のAirplayと同じ「パワー・バラード」の血筋にあります。違うのは、音の隙間の広さと、ドラムの一打ごとの残響の長さ。5年間の録音の変化を最もわかりやすく体感できる一曲です。
次に聴くなら:Bryan Adams『Reckless』の個別レビュー、そして1986年3月に全米1位を獲ったMr. Mister『Welcome to the Real World』へ。
2枚ずつ聴き比べる、5年間の変化の聴き方
10枚を順番に通して聴くのも良いのですが、変化をはっきり感じたいなら、対になる2枚を続けて聴く方法がおすすめです。
- 録音方式の違い:Steely Dan『Gaucho』(アナログ)→Donald Fagen『The Nightfly』(デジタル)。同じプロデューサーとエンジニアが2年の間に録音機材を替えたことで、音の静けさと輪郭がどう変わったかが分かります。
- 生ホーンからシンセへ:Airplay『Airplay』→Chicago『Chicago 17』。David Fosterが4年でホーンの役割をどう縮め、シンセに何を任せたかを比べられます。
- 人力のグルーヴ対アナログの拡張:Michael McDonald『If That’s What It Takes』→TOTO『TOTO IV』。同じ1982年、同じJeff Porcaroが叩きながら、一方は名手の演奏をそのまま磨き、もう一方は複数のテープ・マシンを同期させて音を積み上げています。
- 映像の時代への対応:Journey『Frontiers』→Glenn Frey『The Allnighter』→Bryan Adams『Reckless』。MTVでの見せ方が、曲の作りそのものに影響していく流れをたどれます。
もうひとつの聴き方は、Jeff Porcaroのドラムを追いかけることです。Airplay、Gaucho(タイトル曲)、The Nightfly、If That’s What It Takes、TOTO IV、そしてChicago 17の「Stay the Night」と、10枚のうち少なくとも6枚に彼の名前が出てきます。同じドラマーが、生演奏中心の1980年から打ち込みと共存する1984年へ、どう音を変えていったかを聴くと、この5年間の変化がいっそう具体的に感じられるはずです。
アナログ盤で聴きたい方は、AORをアナログ盤で楽しむ入門も参考にしてください。特にGauchoとNightflyは、アナログ録音とデジタル録音の違いを盤で確かめる題材として向いています。
80年代AORの聴き方についてよくある質問
80年代のAORと70年代のAORは何が違うのですか?
大きな違いは、録音技術と楽器編成です。70年代のAORは、アナログ録音で生のバンドとホーン、ストリングスを重ねる作り方が中心でした。80年代に入ると、シンセサイザーやドラム・マシンが曲の骨格を担うようになり、1982年の『The Nightfly』のようなデジタル録音も登場します。さらに1981年のMTV開始以降は、映像との組み合わせを前提にした曲作りが増えていきました。70年代の空気を確かめたい方は、Boz Scaggs『Silk Degrees』から聴き始めると比較しやすくなります。
この10枚のうち、最初の1枚はどれがおすすめですか?
ヒット曲から入りたいならTOTO『TOTO IV』です。「Rosanna」「Africa」という誰もが一度は耳にした曲があり、生ホーンとシンセ、セッションマンの技術とバンドとしてのまとまりが一枚で味わえます。サウンドの細部を楽しみたいならDonald Fagen『The Nightfly』。音の分離のよさは、ヘッドフォンで聴くとさらに際立ちます。
Bryan AdamsやJourneyもAORに含まれるのですか?
AORという言葉の範囲は、日本と欧米で少し異なります。日本では都会的で洗練されたポップ/ロックを指すことが多い一方、アメリカでは「アルバム志向のロック・ラジオ」の意味合いが強く、JourneyやBryan Adamsのようなロック寄りの作品もその中心にあります。この記事では、80年代前半にシンセとセッションマンの技術を取り込んでいった流れを追う目的から、両方の意味のAORを含めて選んでいます。日本のシティポップとのつながりに興味があれば、シティポップの源流としてのAORもあわせてどうぞ。
もっと網羅的に ── AOR名盤100選
70年代の源流から和モノAORまで100枚を体系化した AOR名盤ランキング100選|完全ガイド で、あなたの”次の一枚”を見つけてほしい。
80年代AORを通して聴く・手元に置く
気になった作品は、まずサブスクや配信でアルバムを通して聴いてみてほしい。何度も戻ってくる1枚が見つかったら、CDやレコードで手元に置く——AORBreezeがすすめる順番はこれだ。盤で聴くと、セッション・ミュージシャンの細かな演奏やコーラスの重なりに改めて気づくことが多い。
※ 本セクションのリンクにはアフィリエイトプログラムによる紹介を含みます。
参考資料
- Gaucho (album) – Wikipedia
- The Nightfly – Wikipedia
- If That’s What It Takes (album) – Wikipedia
- Toto IV – Wikipedia
- Frontiers (Journey album) – Wikipedia
- Chicago 17 – Wikipedia
- The Allnighter (album) – Wikipedia
- Reckless (Bryan Adams album) – Wikipedia
- Jay Graydon interview 2002 – westcoast.dk
- First video shown on MTV – Guinness World Records
- Toto チャート・ヒストリー — Billboard:「Africa」全米1位/「Rosanna」2位
- Chicago『Chicago 17』ゴールド/プラチナ認定 (6× Multi-Platinum) — RIAA
