70年代AOR– category –
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70年代AOR
7曲に6人のドラマーを呼んだ──Steely Dan『Aja』(1977)
Steely Dan『Aja』(1977)は、7曲中6曲でドラマーが違うアルバムです。ガッドの2テイクのドラム・ソロ、7人が挑んだ「Peg」のギター・ソロ、テレビで見つけたサックス奏者など、曲ごとの“キャスティング”から名盤を読み解き、『Gaucho』『The Nightfly』へ橋渡しします。 -
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AOR隠れ名盤10選|ヒットの陰で鳴っていた70年代後半の10枚【保存版】
全米1位のヒット曲があるのにアルバムは語られなかった、70年代後半のAOR10枚。PlayerやNed Dohenyなど各盤の「隠れた理由」をレーベル事情や作家としての成功、後年の再発から解き、聴きどころと次の1枚を案内します。 -
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“ストリート”の歌は、スキー場の初心者コースで生まれた──The Crusaders『Street Life』(1979)
作曲者ジョー・サンプルが着想を得たのは、街角ではなくスキー場の初心者コースでした。ランディ・クロフォードを3年越しに指名した経緯、曲別の参加ミュージシャン、全英5位に届いたチャート、AORとの接点まで、クルセイダーズ『Street Life』を検証済みの事実でたどります。 -
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ビー・ジーズの首位に挟まれた3週間──Player『Player』(1977)
1978年1月、ギブ兄弟とRSOが独占した全米チャートの首位を3週間だけ奪ったのが、同じRSOの新人Playerの「Baby Come Back」でした。二人の共作、ヒット職人ランバート&ポッターの手腕、L.A.のセッション陣まで、デビュー作『Player』を曲順とクレジットから読み解きます。 -
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39分03秒に入らなかった1曲──Fleetwood Mac『Rumours』(1977)
Ken Caillat が「傑作」と呼びながら長さを理由に外した「Silver Springs」。B面から1997年のグラミー候補、2004年の再収録まで、外れた1曲を軸に『Rumours』の制作と到達点を読み直す。 -
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デモ2本が米国とスイスで1位に──Styx『Cornerstone』(1979)
妻への贈り物だった「Babe」と、弾けないマンドリンから生まれた「Boat on the River」。バンドのために書かれなかった2本のデモが米欧で頂点に届き、その直後に第2シングルをめぐってバンドは一度割れた。 -
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余りものの序曲、最後の夜に——Kansas『Leftoverture』(1976)
leftover+overture。ヴォーカリストの持ち曲ゼロから Livgren が一人で書き、トピーカ最後の夜に滑り込んだ「Carry On Wayward Son」が開幕曲となり、アルバムと同じ4×プラチナに達するまで。 -
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三度の「ノー」から生まれた──Foreigner『Foreigner』(1977)
デモは Atlantic に断られ、プロデューサーに却下された1曲の穴を埋めて「Cold as Ice」が書かれ、ロンドンのミックスをバンドが捨てて作り直した。三度の「ノー」からデビュー作を読み直す。 -
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42位の曲が二度戻ってきた──Patrice Rushen『Pizzazz』(1979)
Hot 100で42位止まりの「Haven't You Heard」は、1994年のZhané、2005年のKirk Franklinのサンプリングで原曲より上へ戻ってきた。ジャズ・チャート2位のディスコ盤を「遅効性」から読み直す。 -
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床に落ちていたカセットが作者を追い越した──Nicolette Larson『Nicolette』(1978)
Neil Young のトラックの床で拾った「Lotta Love」は、作者版がB面に回る一方で全米8位・AC1位に。自作曲ゼロの歌い手が他人の曲をどう自分のものにしたか、1978年秋の同時発売から読む。