自分のドラマーが、同じ夜に6つ獲った──Donald Fagen『The Nightfly』(1982)

The Nightfly - Donald Fagen レビュー
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1983年2月23日、ロサンゼルスの Shrine Auditorium で開かれた第25回グラミー賞に、Donald Fagen の初ソロ作『The Nightfly』は7部門でノミネートされていた。Album of the Year、Song of the Year、最優秀エンジニア録音、プロデューサー・オブ・ザ・イヤー——1982年に出たアルバムとしては最多クラスの候補数である。結果は、7部門すべてで受賞なし。

その夜の主役は Toto だった。『Toto IV』と「Rosanna」で6部門を獲り、Roger Miller が1965年に立てた一夜の最多受賞記録に並んだ。そして『The Nightfly』が競り負けた7部門のうち5部門の勝者は、その Toto である。さらに言えば、Toto のドラマー Jeff Porcaro は『The Nightfly』全8曲のうち5曲でドラムを叩いている。自分のアルバムの土台を作った人物が、同じ夜、向こう側の席で賞を受け取っていた——このねじれを軸に、本作を読み直してみたい。

前提として、これは Steely Dan の『Gaucho』(1980) から2年、Walter Becker との共作を離れて Fagen が初めて一人で作った作品である。プロデューサーの Gary Katz、エンジニアの Roger Nichols と Elliot Scheiner、そして多くの演奏者は Steely Dan の続投組で、ライナーノーツには31人のミュージシャンが記されている。

🎵 「I.G.Y.」のタムのフィルを聴きながら

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Donald Fagen - New Frontier (Official Video)
目次

1983年2月23日——7つの候補と、その勝者

まず、何がどこで負けたのかを並べる。Album of the Year と最優秀エンジニア録音は『Toto IV』に、「I.G.Y.」の器楽アレンジ賞と「Ruby Baby」のヴォーカル・アレンジ賞は「Rosanna」に、Gary Katz のプロデューサー・オブ・ザ・イヤーは「Toto」名義に、それぞれ持っていかれた。残る2つ、Song of the Year は Willie Nelson が歌った「Always on My Mind」、最優秀男性ポップ・ヴォーカルは Lionel Richie「Truly」である。

部門『The Nightfly』側の候補受賞者
Album of the Year『The Nightfly』(プロデューサー: Gary Katz)Toto『Toto IV』
Song of the Year「I.G.Y.」(作詞作曲: Donald Fagen)「Always on My Mind」(Carson / Christopher / James)
Best Pop Vocal Performance, Male「I.G.Y.」Lionel Richie「Truly」
Best Instrumental Arrangement Accompanying Vocal(s)「I.G.Y.」(Fagen / Rob Mounsey)Toto「Rosanna」(Jerry Hey / David Paich / Jeff Porcaro)
Best Vocal Arrangement for Two or More Voices「Ruby Baby」(Donald Fagen)Toto「Rosanna」(David Paich)
Best Engineered Recording, Non-Classical『The Nightfly』(Roger Nichols)『Toto IV』(Al Schmitt / Tom Knox / Greg Ladanyi / David Leonard)
Producer of the Year, Non-ClassicalGary KatzToto

器楽アレンジ賞の受賞者名をもう一度見てほしい。Jerry Hey、David Paich と並んで Jeff Porcaro の名がある。「I.G.Y.」のトム・フィルを叩いた人物が、「I.G.Y.」を破ったアレンジの共同受賞者として壇上に立ったことになる。

8曲中5曲——Porcaro が座っていた場所

Fagen には「完璧なドラム・トラック」への執着があり、本作では1曲に複数のドラマーが記載されることが珍しくない。「I.G.Y.」では James Gadson がスネア、キック、ハイハットを、Porcaro がタムのフィルを担当した。「Ruby Baby」では逆に Porcaro がメインで Gadson が追加ドラム。「Green Flower Street」「The Nightfly」「The Goodbye Look」は Porcaro 単独である。残る3曲は Ed Greene(「Maxine」「New Frontier」)と Steve Jordan(「Walk Between Raindrops」)が叩いた。

Porcaro が Steely Dan の『Katy Lied』(1975) に20歳で参加して以来の付き合いであることを思えば、この起用は自然な選択だった。ただし1982年の Porcaro は、もはや「Steely Dan のセッション・ドラマー」ではない。前年の秋から Toto は『Toto IV』を録り、1982年4月に発表し、「Rosanna」と「Africa」で年末までにバンド最大の成功を手にしていた。Fagen が8か月かけてスタジオに籠っていた時期と、Porcaro のバンドが頂点に向かっていた時期は、ほとんど重なっている。

つまり2月23日の夜は、同じドラマーが土台を作った2枚のアルバムが、同じ部門で並んだ夜だった。片方は「バンドの4作目」として自分たちでプロデュースした盤、もう片方は「ソロの1作目」として31人を呼び集めた盤。賞は前者に流れた。Toto のデビュー作を扱った記事で触れたとおり、Porcaro は1979年に「新人」として候補になった時点ですでに Steely Dan の履歴を持っていた人で、この夜の6部門はその延長線上にある。

賞が測れなかったもの——3M の32トラックと8か月

『The Nightfly』が最優秀エンジニア録音の候補に挙がった理由は明快で、ポピュラー音楽で最初期の「全編デジタル録音」だったからだ。Katz と Fagen は『Gaucho』でもデジタル録音を試したが、あちらは結局アナログで完成している。Nichols は比較実験を重ねてデジタルの音質を確信し、3M 社の32トラックと4トラックのデジタル・レコーダーを本作の全編で使った。

ただし機械は簡単に言うことを聞かなかった。初期はアライメント(調整)のたびに 3M の担当者を呼ぶ必要があり、業を煮やした Nichols とエンジニアの Jerry Garsszva、Wayne Yurgelun はミネソタ州セントポールの 3M 本社で講習を受け、自分たちで調整できるようになって戻ってきた。Fagen 自身は後に Billboard 誌に、何度もアナログに戻そうと思ったが、エンジニア陣に説得され続けた、と語っている。

  • 録音期間は8か月、ミックスは10日。スタジオはニューヨークの Soundworks Digital と Automated Sound、ロサンゼルスの Village Recorders
  • Nichols 製のドラム・マシン「Wendel II」を使用。『Gaucho』で使った初代 Wendel を8ビットから16ビットに更新し、3M のデジタル機へ直結して劣化をなくした
  • Fagen のヴォーカルは複数テイクから良い行を組み合わせる方式で仕上げた(今で言うコンピング)
  • 「Walk Between Raindrops」ではキーボード・ベースとベース・ギターを重ねており、この手法は後に広く使われるようになった
  • Larry Carlton のパートは4日間で録音。Soundworks で彼のアンプがハムを拾い、原因は壁の向こうにある MTA(ニューヨーク都市交通局)変電所の大型磁石だった

こうした苦労の対価は、賞ではなく別の形で返ってきた。本作は長年ハイファイ店のデモ用レコードとして世界中で回され、Sound on Sound 誌の編集長 Paul White はモニター環境の基準盤に挙げ、Pro Sound News は「I.G.Y.」を PA エンジニアがフロント・オブ・ハウスの確認に使う定番曲——「プロ音響界の Free Bird」——と呼んだ。EQ 誌は本作を史上最も良く録れたアルバム10選に『Sgt. Pepper』『Pet Sounds』と並べている。

午前4時9分の机——ジャケットが先に自己紹介していた

賞レースの話をひとまず置くと、このアルバムの性格はジャケットに最も正直に出ている。人前に出ることを好まなかった Fagen が、ここでは自分の顔を表に出した。理由は本人いわく、自伝的なアルバムだから公にしてもいい、というものだった。

写真は James Hamilton がマンハッタンのアッパー・イースト・サイドにある Fagen のアパートで撮影した。RCA 77-DX マイクロフォン、1950年代の16インチ・ターンテーブル(Para-Flux A-16 トーンアーム)、灰皿、マッチ、Chesterfield King の箱。机の上に見えるレコードは Fagen が愛聴した1958年の『Sonny Rollins and the Contemporary Leaders』で、壁の時計は4時9分を指している。発売直前に Billboard に載った広告は、午前4時9分、街が静まり返り、聞こえるのは Nightfly の声だけだ、という文面でこの場面を説明した。ちなみに最初の撮影ではマイクの向きが逆で、撮り直しが行われている。

ライナーノーツで Fagen は、収録曲を「1950年代末から60年代初頭に北東部の都市の郊外で育った青年——自分と同じくらいの身長・体重・体格の——が抱いたであろう空想」と説明した。Steely Dan 時代の架空の登場人物から、初めて「自分に似た少年」へ視点を移したアルバムであり、深夜ジャズ放送の DJ(Fagen の回想録には Symphony Sid や Mort Fega らの名が挙がる)、核シェルター、キューバ革命といった題材が、その少年の目線で並ぶ。

候補になった2曲、ならなかった2曲

I.G.Y.(6:03)

3部門で候補になったアルバムの顔。題名の国際地球観測年は1957年7月から1958年12月まで実施された地球科学の国際共同事業で、Fagen はその時代が思い描いた「輝かしい未来」——太陽光都市、大西洋横断トンネル、宇宙ステーション——を、当時の視点のまま肯定的に振り返ろうとした。1982年9月にシングルとして発売され、10月9日に Hot 100 の56位で初登場、11月27日に26位でピークを迎える。Adult Contemporary 8位、Mainstream Rock 17位、R&B 54位。Fagen のソロとしては唯一の Top 40 ヒットである。ホーン・アレンジは Fagen と Rob Mounsey の共同で、Michael Brecker と Randy Brecker の兄弟が加わっている。

Ruby Baby(5:38)

Jerry Leiber と Mike Stoller の作で、Fagen は Drifters 版を下敷きにした。時代の空気をつかむために50年代のレコードを何枚も聴き直したという。ヴォーカル・アレンジ賞の候補になったのはコーラスの組み立てで、Valerie Simpson の背景ヴォーカルに加え、Fagen 自身が多重に声を重ねている。ピアノは Michael Omartian、ソロは Greg Phillinganes、ドラムは Porcaro。1983年4月に第3シングルとして切られた。

New Frontier(6:23)

グラミーの候補にはならなかったが、本作の「もうひとつのヒット」はこの曲だった。1983年1月に第2シングルとして発売され、Hot 100 では70位止まり。ところがアニメーションと実写を組み合わせたビデオが初期の MTV と HBO の Video Jukebox で繰り返し流れ、アルバムの認知を押し上げた。ドラムは Ed Greene、ベースは Abraham Laboriel、ハーモニカを Hugh McCracken が吹いている。

The Nightfly(5:47)

ジャケットの DJ が実際に喋る表題曲。Porcaro のドラムに Marcus Miller のベース、Omartian のエレピ、Carlton のリード・ギターという布陣で、本作の中では最も Steely Dan 後期に近い手触りを持つ。Fagen はこの曲の「late line」という語が深夜ニュース番組『Nightline』に近すぎないか気にしていたという逸話が残っている。

11位、44位、そしてプラチナ——数字で見る「静かな成功」

賞を逃したことは、売り上げの失敗を意味しなかった。むしろ本作は時間をかけて売れ続け、米英双方でプラチナに達している。ただし発売当時の Fagen は、Warner の売り方が適切でなかったと感じており、『Gaucho』を下回った成績に不満を持っていた。

項目記録
発売1982年10月1日 / Warner Bros. Records(LP・カセット。MFSL からベータ/VHS のデジタル・カセット版も同時期に発売)
Billboard 20010月30日に45位で初登場、11月27日に最高11位
Billboard Rock Albums / Black LPs25位 / 24位
UK Albums Chart最高44位
その他の国ノルウェー6位、スウェーデン8位、ニュージーランド9位、オランダ16位
認定RIAA プラチナ(2001年認定) / BPI プラチナ(2004年認定)
シングルI.G.Y.: Hot 100 26位・AC 8位 / New Frontier: Hot 100 70位・オランダ47位 / Ruby Baby: 1983年4月発売

批評は概ね好意的で、Billboard は「鮮明なデジタル・プロダクション」を伴う見事なデビューと書き、Village Voice の Robert Christgau は A 評価を付けた。一方で NME は Steely Dan の温め直しと見なし、Melody Maker は明確に否定的だった。後年の評価は安定しており、2000年の『All Time Top 1000 Albums』で288位、2006年の『1001 Albums You Must Hear Before You Die』に収録、2010年にはヴァチカンの日刊紙 L’Osservatore Romano が「トップ10アルバム」に選んでいる。

Stevie Wonder からの電話——録音賞の候補作が CD で味わった皮肉

エンジニア録音の候補にまでなった本作だが、1984年に CD 化された際、初期プレスは3世代目・4世代目のマスターから作られていた。Nichols がそれに気づいたきっかけは、Stevie Wonder からの電話だった。手元の CD の音が「おかしい」と言うのである。Nichols は業界誌 Recording Engineer and Producer に、新フォーマットに対するレコード会社の無頓着を批判する文章を寄せた。

その後の再発は、いずれもマルチチャンネル・ミックスを伴っている。2002年の DVD-Audio、2004年の DualDisc、2007年の MVI、そして2011年に Warner Japan が Warner Premium Sound シリーズで出したハイブリッド SACD。フォーマットが変わるたびに「基準盤」として引っ張り出される盤は、そう多くない。

次の一枚まで11年——そして、どう聴くか

Fagen のソロ2作目『Kamakiriad』が出るのは1993年で、本作から11年が空く。本人は後年のインタビューで、当初は曲が容易に浮かんだが Becker なしで書き進めるうちに行き詰まり、完成後に長い執筆の停滞が続いたと語っている。ツアーも行われなかった。7部門の候補を得たアルバムが、キャリアの上では長い沈黙の入口になった、というのも本作固有のねじれである。

聴き方の提案をひとつ。「Rosanna」と「I.G.Y.」を続けて流してみてほしい。前者のシャッフルと後者のミッド・テンポ、どちらにも Porcaro の手が入っている。1983年2月の投票者がどちらを選んだかはもう決まっているが、AOR という棚の上では、この2曲は同じ年の同じ人脈から生まれた双子として並ぶ。Steely Dan 側からの入口としては『Aja』、同時代の隣人としては Boz Scaggs『Silk Degrees』もあわせてどうぞ。当ブログのAOR 名盤100選でも本作を取り上げている。

参考資料

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この記事を書いた人

AORBreeze運営者。Boz Scaggs、Steely Dan、TOTO、Bobby Caldwellを原体験に、70〜80年代のAOR・ヨットロック・シティポップ・フュージョンを聴き続けているリスナー。David FosterやJay Graydonら西海岸セッション人脈に注目し、参加ミュージシャン視点でアルバムを掘り下げています。

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