Yacht Rock– category –
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42位の曲が二度戻ってきた──Patrice Rushen『Pizzazz』(1979)
Hot 100で42位止まりの「Haven't You Heard」は、1994年のZhané、2005年のKirk Franklinのサンプリングで原曲より上へ戻ってきた。ジャズ・チャート2位のディスコ盤を「遅効性」から読み直す。 -
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床に落ちていたカセットが作者を追い越した──Nicolette Larson『Nicolette』(1978)
Neil Young のトラックの床で拾った「Lotta Love」は、作者版がB面に回る一方で全米8位・AC1位に。自作曲ゼロの歌い手が他人の曲をどう自分のものにしたか、1978年秋の同時発売から読む。 -
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同じ夜にポップとジャズを──Al Jarreau『Breakin’ Away』(1981)
1982年2月24日のグラミーで、1枚のアルバムがポップ部門とジャズ部門を同時に獲った。宛先違いで届いたバラードと、Brubeck の9/8拍子に歌詞を付けた1曲——出自の違う両端から『Breakin' Away』を読む。 -
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三つの「335」──Larry Carlton『Larry Carlton』(1978)
1969年の Gibson ES-335 が自宅スタジオ「Room 335」の名になり、その部屋の名が1曲目のタイトルになった。全米174位、日本では邦題『夜の彷徨』で16週チャートイン。自宅の一室で完結した一作を「三つの335」から読む。 -
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ヒットの後から出た”原曲”──Airplay『Airplay』(1980)
グラミー受賞曲「After the Love Has Gone」と Manhattan Transfer が先に歌った「Nothin' You Can Do About It」。他人のヒットになった曲を、書いた本人たちが本来のキーで歌い直した1980年の唯一作を、その"順番の逆転"から読む。 -
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外した2曲が別の映画でヒットした──Journey『Frontiers』(1983)
プレス直前に外された「Only the Young」「Ask the Lonely」は別々の映画で Hot 100 9位・Mainstream Rock 3位に。ヒット2曲を手放して6×プラチナに至った本作を差し替えから読む。 -
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1962年から借り、1994年に貸した──Michael McDonald『If That’s What It Takes』(1982)
「I Keep Forgettin'」は1962年の Leiber & Stoller 曲との類似で作者が4人になり、12年後に Warren G「Regulate」へ4小節貸し出された。単独作2曲のソロ・デビュー作を「借りと貸し」で読む。 -
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39年間、誰も再現できなかった夜──Christopher Cross『Christopher Cross』(1979)
1981年2月25日、最高6位のアルバムと1週だけ1位の「Sailing」が『The Wall』を退け、グラミー主要4部門を史上初めて独占。Billie Eilish が並ぶまで39年かかった夜から、Austin の4人と Burbank の客演の二層構造を読む。 -
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新人賞の候補は、すでにグラミーを持っていた──Toto『Toto』(1978)
1979年2月、最優秀新人賞の候補になった Toto。だが Paich は2年前に「Lowdown」でグラミーを受賞済み、Porcaro は20歳で Steely Dan を叩いていた。最も経歴の厚い「新人」のデビュー作を読む。 -
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2枚組が42分に縮むまで──Eagles『The Long Run』(1979)
18か月、5つのスタジオ、当初は2枚組。残ったのは10曲42分。しかもその核心は新加入者の未完成曲、映画のための曲、電話で生まれたサビだった——「削られた」アルバムを、外から来た曲と内側の曲の温度差で読み直す。
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