AOR– category –
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42位の曲が二度戻ってきた──Patrice Rushen『Pizzazz』(1979)
Hot 100で42位止まりの「Haven't You Heard」は、1994年のZhané、2005年のKirk Franklinのサンプリングで原曲より上へ戻ってきた。ジャズ・チャート2位のディスコ盤を「遅効性」から読み直す。 -
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床に落ちていたカセットが作者を追い越した──Nicolette Larson『Nicolette』(1978)
Neil Young のトラックの床で拾った「Lotta Love」は、作者版がB面に回る一方で全米8位・AC1位に。自作曲ゼロの歌い手が他人の曲をどう自分のものにしたか、1978年秋の同時発売から読む。 -
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全米30位、全英4位への11年──Bill Withers『Menagerie』(1977)
「Lovely Day」は全米30位、全英7位、そして11年後の1988年リミックスで全英4位。生まれた国より海の向こうで長く生きた1曲を軸に、4人のプロデューサーが作った『Menagerie』を読み直す。 -
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賞を獲ってから発売された国がある──Sade『Diamond Life』(1984)
英国で1984年7月に出た『Diamond Life』は、1985年2月11日に Brit の年間最優秀アルバムを獲り、その16日後にアメリカで発売された。翌年にはグラミー最優秀新人。ひとつの盤が生きたふたつの暦を追う。 -
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良い曲なら、どこから来てもかまわない──Anita Baker『Rapture』(1986)
アニタ・ベイカー『Rapture』の8曲のうち本人作は3曲。デヴィッド・ラズリーやロッド・テンパートンの曲を含む選曲、パウエル組とL.A.セッション陣の布陣、グラミー2部門受賞までを作者欄からたどり、AORリスナーへの入口を示します。 -
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同じ夜にポップとジャズを──Al Jarreau『Breakin’ Away』(1981)
1982年2月24日のグラミーで、1枚のアルバムがポップ部門とジャズ部門を同時に獲った。宛先違いで届いたバラードと、Brubeck の9/8拍子に歌詞を付けた1曲——出自の違う両端から『Breakin' Away』を読む。 -
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3日で録った300万枚──George Benson『Breezin’』(1976)
1976年1月6〜8日、Capitol Studios での3日間。6曲中5曲をファーストテイクで採ったアルバムがポップ・R&B・ジャズの3チャートで1位、300万枚を売った。LiPuma の制作術から読み直す。 -
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出さなかった年の翌年、発売週に1位──Stevie Wonder『Songs in the Key of Life』(1976)
1976年2月のグラミーで Paul Simon が「アルバムを出さなかった Stevie に感謝」と言った7か月後、本作は米国人初の Billboard 200 初登場1位。翌年の Album of the Year まで一本の線で読む。 -
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南米の旅と2つの1分間──Earth, Wind & Fire『All ‘n All』(1977)
Maurice White のアルゼンチン+ブラジルひと月の旅は、Milton Nascimento 名義の2つの短いインタールードとブエノスアイレス生まれの共作者を残した。音は南米を、絵はエジプトと宇宙を向く一枚を読み直す。 -
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壁越しに聴こえた他人のカセット──Marvin Gaye『I Want You』(1976)
Leon Ware が自分のアルバム用に録った仮題『Comfort』のテープを、Marvin Gaye が壁越しに聴いて丸ごと引き取った。1本のカセットが1976年に2枚のアルバムに分かれ、25年後に再び合流するまでを追う。