Nicolette Larson が「Lotta Love」を手に入れた経緯は、本人の口からこう語られている。Neil Young の牧場でピックアップ・トラックに乗っていたとき、床にカセットが落ちていた。埃を吹き飛ばしてデッキに差し込むと、聴いたことのない曲が流れてきた。「いい曲ね」と言うと、Young は「欲しいならやるよ」と答えた。
その曲は Young が Crazy Horse と1976年1月に録音したまま、2年半以上お蔵入りにしていたものだった。1978年10月、Young 自身のヴァージョンは『Comes a Time』の一曲として、Larson のヴァージョンはデビュー・アルバム『Nicolette』からのシングルとして、ほぼ同時に世に出る。そして作者本人の録音は B面に回り、拾った側の録音が Billboard Hot 100 の8位、Adult Contemporary の1位まで登った。
床に落ちていたテープが、作者を追い越した。『Nicolette』(1978年9月29日、Warner Bros.)は、この一件を中心に置くと輪郭がはっきりする。歌を書かない歌い手が、他人の曲をどう自分のものにしたかの記録である。
🎵 本文の前に「Lotta Love」を2つ続けて
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2年半眠っていたテープ
「Lotta Love」の Young 版は、1976年1月10日に Crazy Horse と録られた。Frank “Poncho” Sampedro がギターではなくピアノを弾く珍しい編成で、演奏は薄く、曲の翳りがそのまま出ている。Young はこの録音を発表せず、同年の日本・ヨーロッパ・ツアーでステージにかけただけだった。
Larson が Young の世界に入ったのは1977年。Linda Ronstadt の Malibu の家に居合わせたとき、近所の Young から「女性のハーモニー歌手を紹介してほしい」と電話が入り、Ronstadt が Larson を推した。翌週、2人は Young の牧場で『American Stars ‘n Bars』のコーラスを録り、11月には Nashville での『Comes a Time』のセッションに呼ばれた。床のカセットは、この時期の話である。
同じ1978年10月に出た、ふたつの「Lotta Love」
『Nicolette』は9月29日に発売されたが、シングル「Lotta Love」の発売は10月31日まで留め置かれた。Young 側が自分のヴァージョンを A面で出さないと分かるのを待ったためである。結果として Young の「Lotta Love」は、チャート入りしなかったシングル「Comes a Time」の B面に収まった。
| Neil Young 版 | Nicolette Larson 版 | |
|---|---|---|
| 収録 | 『Comes a Time』(Reprise, 1978年10月) | 『Nicolette』(Warner Bros. BSK 3243, 1978年9月29日) |
| 録音 | 1976年1月10日 / Crazy Horse | 1978年 / Warner Bros. Recording Studios(LA) |
| プロデュース | Neil Young, David Briggs | Ted Templeman |
| 演奏時間 | 2:38 | 3:11(7”)/ 4:14(12”拡張版) |
| シングル扱い | 「Comes a Time」の B面 | A面。Hot 100 8位 / AC 1位 / カナダ 4位 / 豪 11位 |
2つの録音は温度がまるで違う。Young 版は乾いた声とピアノで曲の翳りを引き受ける。Larson 版は Jimmie Haskell のストリングス、ホーンのリフ、ブリッジのフルート・ソロを重ね、同じメロディを晴れた側から眺める。Larson は後年「とても前向きな曲で、人は世の中の悪い話ばかり聞きたいわけじゃない」と語った。作者が捨て置いたテープの中に、作者本人が見なかった明るさを見つけた——それがこのカバーの本質だ。
Ace「How Long」がほどいたアレンジ
その明るさは最初から設計図にあったわけではない。Ted Templeman は「Lotta Love」のアレンジに手こずり、突破口はラジオから流れてきた Ace の「How Long」だったという。あの曲のベースとサックスの置き方をヒントに、ディスコ寄りの低音とホーンのラインを組み合わせて、いまの形に落ち着いた。
Templeman は同じ年、Doobie Brothers の『Minute by Minute』を仕上げている最中でもあった。Larson はそちらにコーラスで参加し、逆に『Nicolette』には Michael McDonald、Patrick Simmons、パーカッションの Bobby LaKind と Doobie 側の人間が乗り込んでいる。2枚は同じ年、同じプロデューサー、同じエンジニア(Donn Landee)で、人の行き来まで共有していた。『Minute by Minute』の記事と並べて読んでほしい。
「Teddy, この人よ」——Warner 契約まで
Larson を Templeman に引き合わせたのも Ronstadt だった。「Teddy、あなたにぴったりの人がいる」——そう言って連れてきた歌い手に、Templeman は当初ためらった。声に際立った個性がない、というのが理由である。しかし「曲を解釈する歌い手」としての価値を考え直して契約に至る。Commander Cody 出身の経歴から当初はカントリー部門の扱いだったが、出来上がったのはロック、カントリー、R&B の混成だった。
他人の歌に寄り添い、その芯を掴む——コーラス歌手として培った能力が、そのまま「他人の曲だけで作るデビュー作」の武器になった。
11曲、自作はゼロ
『Nicolette』に Larson 自身の曲は1曲もない。書き手はカントリー、モータウン、ブリル・ビルディング、西海岸ロックとばらばらで、それを一枚に収めるのが本作の賭けだった。Rolling Stone は1978年の Female Vocalist に Larson を選び、「アルバム一枚まるごと、これほど楽しそうに歌える人は他にいない」と書いた。
| # | 曲 | 作者 | 時間 |
|---|---|---|---|
| 1 | Lotta Love | Neil Young | 3:11 |
| 2 | Rhumba Girl | Jesse Winchester | 3:52 |
| 3 | You Send Me | Sam Cooke | 3:56 |
| 4 | Can’t Get Away from You | Lauren Wood | 3:17 |
| 5 | Mexican Divorce | Bob Hilliard, Burt Bacharach | 3:57 |
| 6 | Baby Don’t You Do It | Holland-Dozier-Holland | 3:42 |
| 7 | Give a Little | Bill Payne, Fran Payne | 3:00 |
| 8 | Angels Rejoiced | Ira Louvin, Charlie Louvin | 2:27 |
| 9 | French Waltz | Adam Mitchell | 4:22 |
| 10 | Come Early Mornin’ | Bob McDill | 2:42 |
| 11 | Last in Love | Glenn Frey, JD Souther | 3:43 |
Rhumba Girl
Jesse Winchester 作。1979年のセカンド・シングルで、Hot 100 は48位止まりだがカナダでは15位、同国 AC では4位。ホーンとパーカッションが前に出た、アルバムで最も体温の高い曲。
You Send Me
Sam Cooke の1957年のヒット。AllMusic の James Chrispell はこの曲を「ソウルフル」と評し、本作を「いまも聴く楽しみがある」と締めている。
Angels Rejoiced
Louvin Brothers のゴスペル・ナンバーで、Herb Pedersen のハーモニーを従えたこの曲が7インチ「Lotta Love」の B面に選ばれた。A面がストリングスとホーンなら、裏返した B面はブルーグラスの二声——Larson の出自がどちら側にあるかを、シングル一枚で示している。
クレジットに名前のないギタリスト
Lauren Wood 作の「Can’t Get Away from You」には Eddie Van Halen がギターで参加しているが、オリジナル盤のクレジットに名前はない。バンド内で外部セッションに参加しない取り決めがあり、本人が記名を辞退したという。Van Halen も Templeman と Landee の手で Warner からデビューしたばかり(1978年2月)だった。
演奏陣はこうした「縁」の集積だ。James Burton と Herb Pedersen は Emmylou Harris の側から、Bill Payne、Paul Barrère、Fred Tackett は Little Feat から、Linda Ronstadt と Valerie Carter はコーラスに。Warner の複数のバンドが同じ床に乗っている。
カナダで1位、アメリカで15位
米国では1979年3月3日付の15位が最高位だったが、Young の母国カナダではアルバムが1位に達し、オーストラリアでも6位まで上がった。認定は米・カナダ・豪の3か国でゴールド。
| 指標 | 成績 |
|---|---|
| Billboard Top LPs & Tape(米) | 最高15位(1979年3月3日付) |
| カナダ・アルバム・チャート | 1位 |
| オーストラリア(Kent Music Report) | 6位 |
| 認定 | ゴールド(米 RIAA / カナダ / オーストラリア、いずれも1979年) |
| 「Lotta Love」 | Hot 100 8位 / AC 1位 / カナダ 4位 / カナダ AC 1位 / 豪 11位 / NZ 22位 |
| 「Rhumba Girl」 | Hot 100 48位 / カナダ 15位 / カナダ AC 4位 |
Robert Christgau は本作に C− を付け、Rolling Stone は年間の女性ヴォーカリストに選んだ。同じ一枚がこれほど割れるのは、「解釈する歌い手」をどう見るかの立場の違いによる。Michael McDonald が本作でコーラスを務め、翌年の『In the Nick of Time』でデュエット相手になった流れは、Michael McDonald『If That’s What It Takes』の記事で扱った「McDonald の声が他人の作品を変える」現象の早い実例でもある。
拾った曲の、その後
「Lotta Love」はその後も回り続けた。1979年9月の No Nukes では Doobie Brothers を従えて演奏され、2025年には Courtney Barnett が Young のトリビュート盤で取り上げた。
Young 自身も1978年秋の Crazy Horse とのツアーで再びこの曲を演奏し、10月15日 St. Paul の録音が『Live Rust』(1979)に収められた。床に落ちていたテープは、Larson が拾ったことで作者のもとにも戻ってきた。AOR 名盤100選の文脈で本作を聴くなら、まず「Lotta Love」を Young 版と続けて聴いてから、「Angels Rejoiced」で盤を裏返してほしい。3分の A面と2分半の B面のあいだに、このアルバムの全部が入っている。
参考資料
- Wikipedia (en) — Nicolette (album)(収録曲・演奏者・チャート・認定)
- Wikipedia (en) — Lotta Love(2つのヴァージョンの経緯・シングル成績)
- AllMusic — Nicolette Larson『Nicolette』(レビュー・再発情報)
- Discogs — Nicolette Larson『Nicolette』(カタログ番号・クレジット)
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