1979年10月23日に Elektra Records から出た Patrice Rushen の5作目『Pizzazz』には、彼女のキャリアを決定づけた曲「Haven’t You Heard」が入っている。ところがこの曲の Billboard Hot 100 での最高位は42位。R&B で7位、ディスコ・チャートで5位と黒人音楽の枠内では堂々たる成績だが、ポップ・チャートの上では「中ヒット」に留まった。
面白いのはその後である。1994年、Zhané「Groove Thang」がこの曲をベースにして Hot 100 で17位まで上がり、2005年には Kirk Franklin「Looking for You」が同じ曲をサンプリングして R&B チャート5位、ゴスペル・チャート1位を記録した。原曲が届かなかった場所へ、15年後と26年後に他人の曲として辿り着いた。「42位の曲が二度、上に戻ってきた」——本稿はこの一点から『Pizzazz』を読み直す。
もうひとつ添えておくと、このディスコ・アルバムは Billboard のジャズ・アルバム・チャートで2位まで上がっている。ジャズ純粋主義者から「転向」と批判された作品を、数字は当時の評言よりも正直に語っている。
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ポップ39位・ソウル11位・ジャズ2位——ひとつの盤に三つの成績
『Pizzazz』の成績は、置かれた棚によってまるで違う。ポップ・アルバムで39位、ソウルで11位、ジャズで2位。同じ盤がジャズの棚では「ほぼ首位」、ポップの棚では「トップ40の入口」だった。
シングルも同じ形をしている。「Haven’t You Heard」はポップ42位・ソウル7位・ディスコ5位。続く「Let the Music Take Me」と「Givin’ It Up Is Givin’ Up」はいずれもソウル・チャートのみに顔を出した(50位と47位)。Rushen の音楽は R&B とジャズの側から強く支持され、ポップの側にはまだ半分しか届いていなかった。
| 作品 / 楽曲 | Pop | R&B (Soul) | Jazz / Disco | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 『Pizzazz』(アルバム) | 39位 | 11位 | Jazz 2位 | 1979年10月23日 / Elektra 6E-243 |
| Haven’t You Heard | 42位 | 7位 | Disco 5位 | 英国では62位 |
| Let the Music Take Me | — | 50位 | — | 1980年 |
| Givin’ It Up Is Givin’ Up | — | 47位 | — | D.J. Rogers とのデュエット |
| Groove Thang(Zhané, 1994) | 17位 | 3位 | Dance 2位 | 「Haven’t You Heard」を土台に制作 |
| Looking for You(Kirk Franklin, 2005) | 61位 | 5位 | Gospel 1位 | 「Haven’t You Heard」をサンプリング |
「ワン・ウーマン」ではなく、四人の署名——Haven’t You Heard の作者たち
この曲は Rushen の独力による作品として語られがちだが、クレジットを見ると作曲者は4人いる。Patrice Rushen、共同プロデューサーの Charles Mims Jr.、ベーシストの Freddie Washington、そしてソングライターの Sheree Brown。Rushen が自身の会社 Baby Fingers Inc. を通じてエグゼクティブ・プロデューサーを務め、アレンジも一手に引き受けたのは事実だが、曲そのものは仲間内の共作だ。
演奏面も同様で、Washington のベース、Melvin Webb のドラム、Wali Ali のギターに、Josie James と Lynn Davis のバック・ヴォーカルが乗る。LP 収録の尺は6分44秒。テンポを急がず、ささやくようなヴォーカルとシンセのリフで6分半を持たせる構造が、のちにサンプリング素材として繰り返し使われる理由になった。Pitchfork は2018年の「1970年代のベスト200曲」で本曲を199位に置き、「ディスコの形式的に完璧な表現」と評している。
妹、友人、ベーシスト——Baby Fingers の作曲チーム
8曲の作曲クレジットは、名前がほとんど固定されている。全曲に Rushen が入り、そこに妹の Angela Rushen、Sheree Brown、Freddie Washington、Charles Mims Jr. が組み合わさる。単独作は「Message in the Music」とその Reprise だけだ。
| 曲 | 作曲 | 尺 |
|---|---|---|
| Let the Music Take Me | P. Rushen / Sheree Brown | 6:50 |
| Keepin’ Faith in Love | Angela Rushen / P. Rushen | 4:07 |
| Settle for My Love | Freddie Washington / P. Rushen / Sheree Brown | 5:15 |
| Message in the Music | P. Rushen | 3:00 |
| Haven’t You Heard | Charles Mims Jr. / Freddie Washington / P. Rushen / Sheree Brown | 6:44 |
| Givin’ It Up Is Givin’ Up | Angela Rushen / P. Rushen | 4:58 |
| Call on Me | Angela Rushen / P. Rushen / Sheree Brown | 6:47 |
| Reprise (Message in the Music) | P. Rushen | 0:58 |
このチームはアルバムの外へも続く。Sheree Brown の1981年のソロ作『Straight Ahead』(Capitol) には Rushen と Washington が演奏で参加し、Washington との共作線は1982年の「Forget Me Nots」(Rushen / Washington / Terri McFaddin 作、Hot 100 23位・R&B 4位)で頂点に達する。『Pizzazz』は、この作曲チームが最初に成果を出した場所だった。
背骨に沿って聴く重要曲
Settle for My Love
Washington が作曲に加わった最初の曲。バラードでありながらベースが旋律を導く配置は、3年後の「Forget Me Nots」のベース・ラインを予告している。AllMusic の Alex Henderson が参照点に挙げる Earth, Wind & Fire や Minnie Riperton の影響は、この曲のコーラスにもっともよく出ている。
Givin’ It Up Is Givin’ Up
D.J. Rogers がリード・ヴォーカルで加わるデュエット。妹 Angela との共作で、アルバム中もっとも「歌もの」として書かれている。ソウル・チャート47位。2022年の Strut 再発では未発表のインストゥルメンタル版が加わった。
1994年と2005年——他人の曲として戻ってきたヒット
1994年1月、Motown から出た Zhané のデビュー曲「Groove Thang」は本曲を土台に作られ、Naughty by Nature のプロデュースで Hot 100 17位、R&B 3位、英国5位まで上がった。原曲の Hot 100 最高位42位を、四半世紀を待たずに上回ったことになる。
2005年、Kirk Franklin はアルバム『Hero』からのシングル「Looking for You」で同じ曲をサンプリングした。R&B チャート5位、Hot 100 61位、ゴスペル・チャート1位。GMA Dove Awards の Urban Recorded Song of the Year も受賞した。ディスコ・シングルが、ゴスペルの文脈で改めて頂点に立った。
原曲が42位で止まった理由と、サンプルが上まで行けた理由は、たぶん同じところにある。急がないテンポ、余白の多いアレンジ、声を張らないヴォーカル。1979年のポップ・ラジオには薄味に聞こえた要素が、ループにすると無類の強さを持つ。Rolling Stone が2022年の「史上最高のダンス・ソング200」で本曲を99位に置いたのは、その事後評価の到達点だ。
Conway Studios のクレジットが語ること
録音はハリウッドの Conway Studios。演奏陣は LA のスタジオ・シーンの顔ぶれで、ドラムに Leon “Ndugu” Chancler と James Gadson、ギターに Paul Jackson Jr. や Al McKay ら5人、ホーンに Gerald Albright、ストリングスは16名規模だ。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| リリース | 1979年10月23日 / Elektra Records(6E-243) |
| 録音 | Conway Studios(Hollywood, CA)/ 録音: Peter Chaikin |
| マスタリング | Allen Zentz Mastering / Chris Bellman |
| プロデュース | Charles Mims Jr., Patrice Rushen, Reggie Andrews(エグゼクティブ: Patrice Rushen / Baby Fingers Inc.) |
| 主要リズム隊 | Freddie Washington (b) / Leon “Ndugu” Chancler, James Gadson, Melvin Webb (ds) / Bill Summers (perc) |
| ギター | Paul Jackson Jr., Marlo Henderson, Al McKay, Melvin “Wah Wah” Ragin, Wali Ali |
| ゲスト・ヴォーカル | D.J. Rogers (lead) / Syreeta Wright, Jim Gilstrap, Josie James, Lynn Davis ほか (bv) |
| 再発 | 2022年9月30日 / Strut(The Carvery によるリマスター、12インチ版2曲+未発表インスト1曲を追加) |
目を引くのは Rushen 自身の担当楽器の多さだ。各種鍵盤に加え、曲によってはドラムと「ブーバム」という打楽器まで叩いている。ハンドクラップの欄には、Mims や Washington と並んでアシスタント・エンジニアの Chip Orlando と Phil Moores の名もある。スタジオにいた全員で手を叩いた現場の空気が、そのまま残された記録だ。
ジャズの側から来た人——『Pizzazz』の前後
Rushen は1954年ロサンゼルス生まれ。17歳でコンテストに勝って Monterey Jazz Festival に出演したことが最初の契約につながり、Prestige から『Prelusion』(1974)、『Before the Dawn』(1975)、『Shout It Out』(1977) をジャズ・ピアニストとして残した。Elektra 第1作『Patrice』(1978) はポップ98位・ソウル27位・ジャズ5位。『Pizzazz』はそのすべてを更新した。
続く『Posh』(1980) は一度後退するが、『Straight from the Heart』(1982) でポップ14位・R&B 4位に到達し、「Forget Me Nots」は Grammy にノミネートされる。のちに Rushen は Grammy Awards の音楽監督を3度務め、2014年から2024年まで USC のポピュラー音楽プログラムを率いた。教育者として戻ってきた経歴を踏まえると、『Pizzazz』のジャズ・チャート2位は、転向というより「拡張」の証拠に見えてくる。
AOR やメロウ・ソウルの文脈でこの盤を聴くなら、Anita Baker『Rapture』やSade『Diamond Life』の手前に置くのがいい。声を張らずに歌うこと、ベースに旋律を語らせること——80年代半ばの Quiet Storm が標準にした語彙は、1979年のこのアルバムで既に揃っている。Bobby Caldwellとは逆に、ジャズの側から同じ地点へ着いた記録である。関連盤はAOR 名盤100選にもまとめている。
参考資料
- Wikipedia (en) — Pizzazz (Patrice Rushen album)(チャート成績・リリース情報)
- Wikipedia (en) — Haven’t You Heard(シングルのチャート・評価)
- AllMusic — Patrice Rushen『Pizzazz』(クレジット・レビュー)
- Discogs — Pizzazz (Elektra 6E-243)(作曲・演奏クレジット)
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