70年代AOR– category –
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70年代AOR
全米30位、全英4位への11年──Bill Withers『Menagerie』(1977)
「Lovely Day」は全米30位、全英7位、そして11年後の1988年リミックスで全英4位。生まれた国より海の向こうで長く生きた1曲を軸に、4人のプロデューサーが作った『Menagerie』を読み直す。 -
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3日で録った300万枚──George Benson『Breezin’』(1976)
1976年1月6〜8日、Capitol Studios での3日間。6曲中5曲をファーストテイクで採ったアルバムがポップ・R&B・ジャズの3チャートで1位、300万枚を売った。LiPuma の制作術から読み直す。 -
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出さなかった年の翌年、発売週に1位──Stevie Wonder『Songs in the Key of Life』(1976)
1976年2月のグラミーで Paul Simon が「アルバムを出さなかった Stevie に感謝」と言った7か月後、本作は米国人初の Billboard 200 初登場1位。翌年の Album of the Year まで一本の線で読む。 -
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南米の旅と2つの1分間──Earth, Wind & Fire『All ‘n All』(1977)
Maurice White のアルゼンチン+ブラジルひと月の旅は、Milton Nascimento 名義の2つの短いインタールードとブエノスアイレス生まれの共作者を残した。音は南米を、絵はエジプトと宇宙を向く一枚を読み直す。 -
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壁越しに聴こえた他人のカセット──Marvin Gaye『I Want You』(1976)
Leon Ware が自分のアルバム用に録った仮題『Comfort』のテープを、Marvin Gaye が壁越しに聴いて丸ごと引き取った。1本のカセットが1976年に2枚のアルバムに分かれ、25年後に再び合流するまでを追う。 -
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三つの「335」──Larry Carlton『Larry Carlton』(1978)
1969年の Gibson ES-335 が自宅スタジオ「Room 335」の名になり、その部屋の名が1曲目のタイトルになった。全米174位、日本では邦題『夜の彷徨』で16週チャートイン。自宅の一室で完結した一作を「三つの335」から読む。 -
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ヒットの後から出た”原曲”──Airplay『Airplay』(1980)
グラミー受賞曲「After the Love Has Gone」と Manhattan Transfer が先に歌った「Nothin' You Can Do About It」。他人のヒットになった曲を、書いた本人たちが本来のキーで歌い直した1980年の唯一作を、その"順番の逆転"から読む。 -
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39年間、誰も再現できなかった夜──Christopher Cross『Christopher Cross』(1979)
1981年2月25日、最高6位のアルバムと1週だけ1位の「Sailing」が『The Wall』を退け、グラミー主要4部門を史上初めて独占。Billie Eilish が並ぶまで39年かかった夜から、Austin の4人と Burbank の客演の二層構造を読む。 -
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新人賞の候補は、すでにグラミーを持っていた──Toto『Toto』(1978)
1979年2月、最優秀新人賞の候補になった Toto。だが Paich は2年前に「Lowdown」でグラミーを受賞済み、Porcaro は20歳で Steely Dan を叩いていた。最も経歴の厚い「新人」のデビュー作を読む。 -
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2枚組が42分に縮むまで──Eagles『The Long Run』(1979)
18か月、5つのスタジオ、当初は2枚組。残ったのは10曲42分。しかもその核心は新加入者の未完成曲、映画のための曲、電話で生まれたサビだった——「削られた」アルバムを、外から来た曲と内側の曲の温度差で読み直す。