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シティポップ
シティポップの源流としてのAOR──西海岸サウンドはいかにして東京で花開いたか
シティポップはどこから来たのか。ボズ・スキャッグス、スティーリー・ダン、ネッド・ドヒニー……アメリカのAORが東京でどう翻訳され、やがてPlastic Loveとして世界へ逆輸入されたかを、名盤をたどりながら解説する特集。 -
70年代AOR
ビー・ジーズの首位に挟まれた3週間──Player『Player』(1977)
1978年1月、ギブ兄弟とRSOが独占した全米チャートの首位を3週間だけ奪ったのが、同じRSOの新人Playerの「Baby Come Back」でした。二人の共作、ヒット職人ランバート&ポッターの手腕、L.A.のセッション陣まで、デビュー作『Player』を曲順とクレジットから読み解きます。 -
80年代AOR
足りなかったのはロック──Bryan Adams『Reckless』(1984)
1984年8月、完成したはずの9曲を聴いたマネージャーの一言「Where's the rock?」。録り直した2曲と書き下ろした1曲が、9か月後の全米1位と1,200万枚を決めた。 -
80年代AOR
20分で書いた曲が半年で1位に──Mr. Mister『Welcome to the Real World』(1985)
20分で出来た「Broken Wings」は12週チャート圏外の末に1位、続く「Kyrie」は初登場61位から一気に頂点へ。速さと遅さがねじれた1985年作を、RCA 10年ぶりのアルバム1位の1週間から読み解く。 -
80年代AOR
最後に録った曲が、最初のシングルになった──Asia『Asia』(1982)
「Heat of the Moment」はアルバムで最後に録音された曲だった。プログレ側の曲が先、シングルが後——録音順から読み直す Asia のデビュー作。9週の1位が連続ではなかった事実も検証。 -
70年代AOR
39分03秒に入らなかった1曲──Fleetwood Mac『Rumours』(1977)
Ken Caillat が「傑作」と呼びながら長さを理由に外した「Silver Springs」。B面から1997年のグラミー候補、2004年の再収録まで、外れた1曲を軸に『Rumours』の制作と到達点を読み直す。 -
70年代AOR
デモ2本が米国とスイスで1位に──Styx『Cornerstone』(1979)
妻への贈り物だった「Babe」と、弾けないマンドリンから生まれた「Boat on the River」。バンドのために書かれなかった2本のデモが米欧で頂点に届き、その直後に第2シングルをめぐってバンドは一度割れた。 -
70年代AOR
余りものの序曲、最後の夜に——Kansas『Leftoverture』(1976)
leftover+overture。ヴォーカリストの持ち曲ゼロから Livgren が一人で書き、トピーカ最後の夜に滑り込んだ「Carry On Wayward Son」が開幕曲となり、アルバムと同じ4×プラチナに達するまで。 -
80年代AOR
映画版はデモだった──Survivor『Eye of the Tiger』(1982)
『ロッキー3』本編で流れる「Eye of the Tiger」は2月1日に録ったデモ。アルバムに入っているのは Rumbo Recorders での再録音。世界一有名なロック・ソングの「二つのテイク」を軸に、9曲38分のアルバムを読み直す。 -
80年代AOR
半分はデモのまま──REO Speedwagon『Hi Infidelity』(1980)
1981年の年間1位アルバムの約半分は、ハリウッドの安いスタジオで3日間だけ回したデモ・テープそのままだった。「感情は修正できない」と録り直しを拒んだ判断から『Hi Infidelity』を読み直す。