半分はデモのまま──REO Speedwagon『Hi Infidelity』(1980)

Hi Infidelity - REO Speedwagon レビュー
  • URLをコピーしました!

米国で1000万枚を売り、1981年の年間チャートで1位になったアルバムの、およそ半分は「デモ」である。Kevin Cronin 自身の言葉を借りれば、『Hi Infidelity』で聴ける音の約50パーセントは、1980年夏にハリウッドの Crystal Studios で3日間だけ回したデモ・テープから、そのまま持ち込まれたものだった。

普通のバンドなら、デモは「本番のための下書き」であり、正式録音が始まれば捨てられる。REO Speedwagon はそれをしなかった。Cronin は歌のテイクとギター・ソロを録り直させず、「感情は修正できない」と言って突っぱねた。その判断が、8年かけて全米29位止まりだったバンドを、15週1位まで押し上げることになる。

この記事は「下書きがそのまま完成品になった」という一点から『Hi Infidelity』を読み直す。

🎵 デモの声を探しながら聴く

※ Spotify は無料プランでも試聴可。Amazon Music Unlimited は 30日無料体験、Apple Music は 1ヶ月無料。

REO Speedwagon - Keep On Loving You (Official Video)
目次

ハリウッドの安いスタジオで、3日間

『Hi Infidelity』以前の REO Speedwagon は、Illinois 州 Champaign で結成されて以来、中西部を回り続けてきたライブ・バンドで、1978年の『You Can Tune a Piano, but You Can’t Tuna Fish』が当時の最高位(Billboard 200 で29位)だった。1980年春に Epic がベスト盤を出したことで、バンドには次作までおよそ9か月という、それまでになかった猶予が生まれた。

その時間の中で、バンドはハリウッドの Crystal Studios(Cronin は「ひどい小屋」と呼んでいる)に入り、3日間でアルバム候補曲をライブ形式で録音した。目的はあくまで曲の骨格を確認するためのデモである。ところが、この「確認用」の演奏に、Cronin はのちの正式録音では出せない何かを聴き取った。

正式なレコーディングは1980年6月から10月にかけて、Burbank の Kendun Recorders で行われ、エンジニア出身の Kevin Beamish がバンドと共同でプロデュースを担った。だが完成盤に収められたリード・ヴォーカルとギター・ソロの多くは、Crystal でのデモ・テイクを差し替えずに使ったものだ。キーボードの Neal Doughty は発売前、「全曲がいいと自分で確信できた最初のアルバム」と語っている。『Hi Infidelity』の音の輪郭は、ここで決まった。

曲が足りなかった、という出発点

もっとも、セッションは順風満帆に始まったわけではない。Cronin によれば、当初はアルバム1枚分の曲が揃っておらず、外部のソングライター Tom Kelly を共作者として招いている。Kelly は「Follow My Heart」を Gary Richrath と共作し、バック・ヴォーカルにも参加した。同じくバック・ヴォーカルに名を連ねる Richard Page とともに、当時はまだ裏方の2人だった。

もう一つの背景は、バンド内の作風の違いだ。Richrath はハードロック志向、Cronin はフォーク寄りで、本人は自分たちの音楽を「人がどう感じ、どう折り合うかを歌うハード・フォークロック」と表現している。A面に Cronin の曲と Richrath の曲が交互に並ぶ構成は、偶然ではない。

デモの熱が残った4曲

Keep On Loving You

Cronin は深夜4時ごろ、寝ぼけたまま自宅のスタジオに入り、ほとんど弾いたことのないピアノでこの曲のヴァースを書いた。バンドに持ち込んだところ、返ってきたのは「これは REO のやることじゃない」という反応だった。Cronin はリハーサルで同じコードを100回近く繰り返し弾き続け、ついに Richrath がギターをアンプに繋いで、ピアノに対する「緊張」として歪んだソロを乗せた。その衝突が、この曲を「パワー・バラード」に変えた。Hot 100 で1981年3月に1週間1位。バンド初の全米1位であり、シングルとしてもプラチナ認定を受けている。

Take It on the Run

Richrath が持ち込んだ原曲のタイトルは「Don’t Let Me Down」だった。Cronin はデモを聴いた瞬間に手応えを感じ、タイトルを改め、サビの決め台詞を「その場の思いつき」で足したと語っている(ライナーでは Cronin に歌詞協力のクレジットがある)。冒頭のアコースティック・ギターから一気に開ける構成は、デモの段階でほぼ完成していた。Hot 100 で5位、1981年の年間チャートでは32位。

In Your Letter

Richrath 作。G–Em–C–D という、1950年代のドゥーワップそのままの4コードで書かれた曲で、Cronin は自分の声を何度も重ねてタイトル・フレーズのコーラスを作った。Hot 100 で20位。

Don’t Let Him Go

Cronin が本作のために最初に書いた曲であり、アルバムのオープナー。Bo Diddley のビートを少しだけ崩したリズムに乗せた、ツアーに出ずっぱりのバンド全員の「もう少し待ってほしい」という代弁だと本人は説明している。Hot 100 で24位。バンドはいまもコンサートの1曲目に据えることが多い。

レーベルと2度、意見が割れた

「Keep On Loving You」については、Epic はシングル化に難色を示した。押し切ったのはバンドの側である。結果はすでに書いたとおりだ。

続く2枚目のシングルでも同じことが起きた。レーベルは「In Your Letter」を推し、Cronin は「Keep On Loving You の次に In Your Letter を出すなどありえない」と、かなり強い言葉で「Take It on the Run」を主張した。ここでもバンドが勝ち、この曲は5位まで上がる。

付け加えると、1981年8月1日に MTV が放送を開始した日、「Take It on the Run」のビデオは9番目に、「Keep On Loving You」は17番目に流れた。前者は技術トラブルで12秒ほどで画面が黒くなったと伝えられている。

15週の1位は、2度途切れた

アルバムは1980年11月21日に発売され、チャート・インから12週目の1981年2月21日付で John Lennon & Yoko Ono『Double Fantasy』を抜いて1位に立った。そこから6月まで、15週にわたり首位を占める。ただし連続ではない。Styx『Paradise Theatre』が同じ春に3週(非連続)1位を取っており、REO の在位は2度にわたって中断されている。

それでも合計15週というのは、Billboard 200 の歴史でも27作しか達成していない水準で、ロック・アクトに限れば7組だけである。チャート在位は101週。Billboard の1981年年間アルバム・チャートでは『Double Fantasy』を抑えて1位となった。RIAA の認定は10×プラチナ(1000万枚)で、2017年8月17日にはニューヨークの Sony Music 本社でダイヤモンド・アワードの授与式が行われている。

作品 / 楽曲Hot 100 / Billboard 2001981年 年間備考
『Hi Infidelity』Billboard 200 1位(15週・非連続)年間1位在位101週 / RIAA 10×プラチナ
Keep On Loving You1位(1週)10位1981年3月 / 英7位 / シングル・プラチナ
Take It on the Run5位32位1981年3月27日発売 / 英19位
Don’t Let Him Go24位—1981年6月発売
In Your Letter20位—1981年7月発売 / AC 26位

B面に残されたもの

ヒット曲が固まったA面に比べ、B面は地味だと言われがちだ。だがここにも、デモ優先の方針が生きている。「Tough Guys」は Cronin が「少年時代のいじめっ子たちへの、長く燻っていた返答」と説明する曲で、1937年の Our Gang 短編『Hearts Are Thumps』の音声が引用されている。Robert Christgau はこの曲をアルバムで最も気に入った1曲に挙げた。

「Someone Tonight」はベースの Bruce Hall が書き、自ら歌う軽快なナンバー。「Shakin’ It Loose」は2分半のストレートなロックで、2011年のデモ集ではインストゥルメンタルの状態で収録されており、歌が乗る前の骨格を聴くことができる。クロージングの「I Wish You Were There」は、Record World が「ゴスペル的な味わい」と評した曲で、Cronin の歌唱はアルバム中で最も張り詰めている。

録音データとエディション

リリース1980年11月21日 / Epic Records
デモ録音1980年夏 / Crystal Studios(Hollywood)・3日間のライブ録音
本録音1980年6月〜10月 / Kendun Recorders(Burbank)
プロデュースKevin Beamish, Kevin Cronin, Gary Richrath(Alan Gratzer 共同)
エンジニアKevin Beamish, Tom Cummings, Jeff Eccles / マスタリング Kent Duncan
バンドKevin Cronin (vo, g, p) / Gary Richrath (g) / Neal Doughty (key) / Bruce Hall (b, vo) / Alan Gratzer (ds)
客演Tom Kelly, Richard Page (backing vo) / Maggie Ryder (backing vo: Keep On Loving You) / Steve Forman (perc)
アートワークJohn Kosh(アート・ディレクション)/ Aaron Rapoport(写真)
2011年 30周年盤2CD。Disc 2「The Crystal Demos」に10曲中9曲のデモを初収録
2017年RIAA ダイヤモンド・アワード授与(8月17日、ニューヨーク)
2024年リマスター盤(アナログ再発・配信)

30周年盤の副題「The Crystal Demos」は、そのままハリウッドのスタジオ名から取られている。テープはバンドのマネージャーの車庫から見つかった。Cronin の「約半分はデモそのまま」という言葉を耳で確かめられるようになったのは、発売から30年後のことである。

「Hi Infidelity」というタイトルが指すもの

タイトルは、かつてレコード・ジャケットに印刷されていた「in high fidelity(高忠実度録音)」の文字遊びである。John Kosh のアートワークは、男がステレオにレコードを載せているその背後で「不貞」が進行している、という構図でこの洒落を絵にした。

だが、この記事の読み方をすれば、タイトルは別の意味も帯びてくる。高忠実度録音の対極──安いスタジオの3日間のデモ──を、直さずにそのまま盤に刻んだアルバムなのだから。同時代のアリーナ・ロックが Foreigner『4』のように緻密な音響設計で頂点を目指したのに対し、『Hi Infidelity』は磨く前の演奏に賭けて、同じ頂点に届いた。

聴きどころを一つ挙げるなら、「Keep On Loving You」の後に「I Wish You Were There」を続けて聴くことだ。ピアノから始まった曲と、ゴスペル的に締める曲──どちらも Cronin の「最初に歌ったときの声」が残っている。Journey『Escape』と並べれば、1981年のアメリカがどんな声に反応したかが見えてくるし、AOR 名盤100選の中でも本作が特異な位置にある理由が分かるはずだ。

参考資料

試聴・購入

続けて読みたい関連記事

本記事は、AORBreeze(aorbreeze.com)が独自に執筆したオリジナルレビューです。本記事中の Amazon/music.jp へのリンクには、アフィリエイトプログラムによる紹介を含みます。

🎵 AORBreeze メルマガ

無料登録特典:「AOR入門 隠れ名盤30選」PDFをプレゼント。毎週金曜の夜、編集部が選ぶ「今週の1枚」をお届けします。

登録後すぐに特典PDFのDLリンクをお送りします。配信停止はいつでもメール下部から可能です。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

AORBreeze運営者。Boz Scaggs、Steely Dan、TOTO、Bobby Caldwellを原体験に、70〜80年代のAOR・ヨットロック・シティポップ・フュージョンを聴き続けているリスナー。David FosterやJay Graydonら西海岸セッション人脈に注目し、参加ミュージシャン視点でアルバムを掘り下げています。

目次