1982年3月18日、Geffen Records から出た Asia のデビュー作『Asia』は、Billboard 200 で通算9週の1位を記録し、同誌の1982年年間アルバム・チャートでも1位に立った。先行シングル「Heat of the Moment」は Hot 100 で4位。ここまでは、よく知られた数字である。
あまり知られていないのは、その「Heat of the Moment」がこのアルバムで最後に録音された曲だという事実だ。1981年6月に始まったセッションで、バンドはまず「Time Again」や「Wildest Dreams」のような、Steve Howe の言葉を借りれば「とてもプログレッシブな」曲から仕上げていった。シングルになりそうな曲が無い——Geffen の A&R、John Kalodner がそう伝えたとき、John Wetton と Geoff Downes はある午後のうちに1曲を書き上げ、それが最後にテープに収められた。
つまり『Asia』は、プログレ側の曲が先に録られ、ポップ側の曲が後から足されたアルバムである。この録音順を頭に置いて聴くと、9曲の並びに見えていた「大物4人の妥協」が、まったく違う輪郭を持って見えてくる。本稿はこの一点を軸に、アルバムを読み直す。
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1981年1月、Kalodner が引き合わせた2人
Asia の起点は、1981年1月初頭に Geffen Records の A&R である John Kalodner が、King Crimson / U.K. を経た John Wetton と、Yes を離れたばかりの Steve Howe を引き合わせたことにある。2人はまず曲を書くために集まり、そこに Emerson, Lake & Palmer 解散後の Carl Palmer が加わり、最後に Howe と Yes で組んでいた Geoff Downes(元 Buggles)がキーボードとして参加した。結成の過程では Roy Wood や Trevor Rabin もオーディションに呼ばれている。Rabin は「化学反応が起きなかった」と後に語り、その2年後に Howe と入れ替わる形で再編 Yes に加わることになる。
Wetton にとってスーパーグループの構想は初めてではなく、1976年の Bruford / Wakeman との「British Bulldog」計画、U.K. 解散後の Wakeman / Palmer / Rabin との企画がいずれも流れていた。Asia は、何度も止まった構想がようやく形になったものだった。
付け加えると、Kalodner は当初 Journey に短期間在籍した Robert Fleischman をリード・ヴォーカル候補として紹介していた。Fleischman は一緒に曲を作るうちに Wetton の声こそ新曲に合うと判断し、円満に離れている。
先に録られた曲——プログレ側の3曲
録音は1981年6月から11月、ロンドンの Marcus Recording と The Town House で行われた。前半に仕上がった曲群には、4人がそれまで属していた世界の語法が濃く残っている。
Time Again(4:45)
唯一、4人全員がクレジットされた曲。Howe が「とてもプログレッシブ」と振り返った曲の筆頭で、Palmer のドラムが ELP 時代の手数をほぼそのまま持ち込んでいる。英国盤「Heat of the Moment」の B面に選ばれたのもこの曲で、シングルの表と裏に「後から書いた曲」と「先に録った曲」が同居する形になった。
Wildest Dreams(5:10)
Wetton / Downes 作。5分を超える構成のなかで転調とテンポ変化を重ね、Downes のキーボードが Buggles ではなく Yes『Drama』側の顔を見せる。Howe がプログレ側の代表として名指ししたもう1曲である。
Here Comes the Feeling(5:42)
アルバムを閉じる最長曲は、Wetton / Howe 名義になっているが、原型は Wetton が1979年にフランスのプログレッシブ・ロック・バンド Atoll と録音していた曲だった(その音源は Atoll『Rock Puzzle』の1993年再発盤にボーナス収録されている)。Asia 結成前から持ち越された素材が、アルバムの最後尾に置かれている。
後から足された曲——ある午後に書かれたシングル
Heat of the Moment(3:48)
Kalodner からシングルを求められたとき、Wetton にはサビの案が、Downes にはヴァースになるアイデアがあった。2人はそれを午後のうちに1曲にまとめた。Wetton によればサビの原型は6/8拍子のカントリー調で、2人で拍子を組み替えるうちに今の形になったという。最後に録音されたこの曲について Howe は、ギターを重ね、Wetton が歌い出した瞬間に「特別なものができた」と分かったと語っている。Hot 100 で4位、Mainstream Rock では通算6週の1位。バンド最大のヒットは、セッションの最終盤に生まれた。
Only Time Will Tell(4:44)
同じく Wetton / Downes 作の2作目のシングル。Howe が「甘さ」と表現した曲で、Downes のシンセと Howe のアルペジオが同じ旋律線を分け合う。Hot 100 で17位、Mainstream Rock で8位。
Sole Survivor(4:48)
3枚目のシングル。ギター・リフの主導する曲で、Mainstream Rock では10位に届いた。作者はやはり Wetton と Downes。3枚のシングルがすべてこの2人の共作である一方、アルバム後半の「Without You」「Cutting It Fine」「Here Comes the Feeling」には Howe の名前が並ぶ。作曲クレジットを見るだけで、アルバムのどちら側にどの曲が属するかが読める。
9週の1位は、連続ではなかった
既存の解説では「9週連続1位」と書かれることが多いが、Billboard 200 の記録を追うと違う。『Asia』は1982年5月15日付で初めて1位に立ち、2週保ったところで Paul McCartney『Tug of War』に3週明け渡し、6月19日付で返り咲いてから7週続けた。合計9週、ただし非連続である。2度目の登頂のほうが長く、シングルの浸透がアルバムを押し戻した形が読み取れる。
| 項目 | 記録 | 備考 |
|---|---|---|
| Billboard 200 1位 | 通算9週(非連続) | 1982年5月15日〜22日付の2週 + 6月19日〜7月31日付の7週 |
| 1位を挟んだ作品 | 『Tug of War』Paul McCartney | 5月29日〜6月12日付の3週 |
| Billboard 年間アルバム・チャート 1982 | 1位 | Cashbox でも年間1位 |
| UK Albums Chart | 11位 | 38週チャートイン / BPI ゴールド(1982年10月18日) |
| RIAA 認定 | 4×プラチナ | 1995年2月10日認定 / カナダ 3×プラチナ、日本プラチナ |
| Heat of the Moment | Hot 100 4位 / Mainstream Rock 1位(6週) | UK 46位 |
| Only Time Will Tell | Hot 100 17位 / Mainstream Rock 8位 | UK 54位 |
| Sole Survivor | Mainstream Rock 10位 | 1982年10月29日発売 |
英国の数字は別の物語を語っている。4人とも英国人で録音もロンドンだったにもかかわらず、UK Albums Chart の最高位は11位、「Heat of the Moment」は46位止まり。米国の年間1位アルバムは、母国ではトップ10に入らなかった。
Mike Stone——『Escape』の音を運んできた人
プロデュースとエンジニアリングを一人で担った Mike Stone は、Queen の初期作で「Bohemian Rhapsody」のヴォーカル多重録音を手がけたエンジニアである。1981年には Journey『Escape』をプロデュースしたばかりで、Howe 自身が「制作は少し Journey 的だった。それは『Escape』を手がけた Mike Stone によるものだ」と認めている。翌1983年、Stone は Asia『Alpha』と Journey『Frontiers』を同じ年に仕上げることになる。1982年の米国アリーナ・ロックの音は、かなりの部分がこの一人のエンジニアの手つきで作られていた。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| リリース | 1982年3月18日(米国)/ 4月2日(英国)/ Geffen Records |
| 録音 | 1981年6月〜11月 / Marcus Recording、The Town House(ロンドン) |
| プロデュース・エンジニア | Mike Stone |
| メンバー | John Wetton (vo, b) / Steve Howe (g) / Geoff Downes (key) / Carl Palmer (ds) |
| ジャケット・ロゴ | Roger Dean |
| 収録時間 | 44:22(全9曲) |
| 米国外シングルB面 | Ride Easy(Wetton / Howe、アルバム未収録) |
龍と真珠——ジャケットが歌詞に入り込んだ
ジャケットとバンド・ロゴは Roger Dean が手がけた。Yes と Uriah Heep のアートワークで知られる Dean を起用すれば Yes に見えすぎる、という懸念は当然あったが、Howe と Downes が押し切った。Kalodner は当初、Dean が描いたロゴを気に入らなかったという。描かれているのは、真珠をつかもうと伸びる東洋の龍である。
興味深いのは、この絵が「Heat of the Moment」の歌詞に逆流していることだ。曲の一節は Dean のドラゴンと真珠のイメージから着想された、と Downes と Dean は対談で明かしている。最後に書かれた曲だからこそ、すでに出来上がっていたジャケットを歌詞に取り込むことができた——録音順が、ここでも意味を持つ。
同じ手順が、あと2回繰り返された
Wetton は後年、「最後に録った曲が最初のシングルになる」という現象が『Asia』だけでなく次の2作でも起きたと語っている。『Alpha』(1983) の「Don’t Cry」、『Astra』(1985) の「Go」がそれで、Wetton は「録音の終盤になると Geoff と自分は非常に集中する」ことを理由に挙げた。「Don’t Cry」は Album Rock チャート1位、Hot 100 トップ10に入り、『Alpha』は Billboard 200 で6位、プラチナ認定を得た。ただし前作の規模には届かず、1983年10月には Wetton がバンドを離れる。経緯についてはバンド側と本人の説明が食い違ったまま、統一された見解は存在しない。
オリジナル4人が再び揃うのは2006年。2008年の『Phoenix』は Billboard 200 で73位に入り、同年5月のサンフランシスコ公演では、デビュー作9曲が初めて頭から順番に通して演奏された。
どの順番で聴くか
このアルバムを「録音順」で聴き直す方法がある。まず「Time Again」「Wildest Dreams」「Here Comes the Feeling」を続けて聴き、それから「Heat of the Moment」「Only Time Will Tell」「Sole Survivor」へ進む。前半の3曲では4人の出自が、後半の3曲では Kalodner が求めた「シングル」の輪郭が、それぞれ純度の高い形で現れる。同じ4人が数か月のあいだに両方を録っていたことが、この順番で聴くといちばんよく分かる。
米国プログレの側から同じ地点に辿り着いた作品として、Kansas『Leftoverture』 や Styx『Cornerstone』 と並べて聴くのもいい。AOR という枠組みのなかでの本作の位置は AOR 名盤100選 で確認できる。
参考資料
- Wikipedia (en) — Asia (Asia album)(録音データ・クレジット・チャート)
- Wikipedia (en) — List of Billboard 200 number-one albums of 1982(1位の週の推移)
- AllMusic — Asia『Asia』(評価・クレジット)
- RIAA Gold & Platinum Database(認定枚数)
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