1976年5月、ジャズ・ギタリスト George Benson は通算16枚目のスタジオ・アルバム『Breezin’』を Warner Bros. からリリースした。Wes Montgomery 直系の正統派ジャズ・ギタリストとして20年のキャリアを積んできた Benson が、プロデューサー Tommy LiPuma(前年に Wes Montgomery のリイシューを手がけた人物)と組み、ジャズ・ギター+ヴォーカル+ポップ・ソウルを完璧に融合させた本作は、Billboard 200 で1位(ジャズ・アルバムとして史上初)、3倍プラチナ、グラミー賞 Record of the Year(This Masquerade)を獲得した革命的作品である。後にスムースジャズと呼ばれるジャンルの源流を確立、AOR / メロウ系統の隣接ジャンルとして極めて重要な1枚。
このアルバムを聴くべき3つの理由
- This Masquerade — Leon Russell 作のジャズ・ヴォーカル史上もっとも有名なバラード。Benson のスキャットとギターの掛け合いが歴史を作った
- タイトル曲 Breezin は、その後のスムースジャズすべての音響テンプレートを定義した
- Tommy LiPuma のプロダクションは、AOR / メロウソウルと同じ DNA — ジャズの即興とポップのフックを完璧に折衷
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背景:ジャズ・ギタリストのポップ転向
George Benson は1943年ピッツバーグ生まれ。10代後半から Jack McDuff のオルガン・トリオでプロ・ジャズ・ギタリストとしてのキャリアを開始、その後 Wes Montgomery 直系の正統派ジャズ・ギタリストとして15作以上のリーダー作を残してきた。CTI Records 時代(1971〜1975)の作品は、ジャズ・ファンクとして高い評価を得ていたが、商業的にはマイナー・リーグの域を超えなかった。
1975年、Warner Bros. と契約。プロデューサーには、A&M Records で Wes Montgomery のリイシュー&コンピレーションを手がけていた Tommy LiPuma を起用。LiPuma はジャズのコアな部分を残しながら、ポップ・ソウルのフックを取り入れる方法論を Wes Montgomery で学んでおり、Benson の本作でその方法論を完成形へと押し上げた。
本作の革新点は、Benson の声の発見にある。彼は若い頃から教会の聖歌隊で歌っており、自身もヴォーカル能力を持っていたが、ジャズ・ギタリストとしてのキャリアでは前面に出すことが少なかった。LiPuma は Benson にスキャット唱法を提案、自分のギターと並行して歌うスタイル——後に Benson スタイルと呼ばれる独自の歌唱/演奏法——を本作で世に出した。
録音は1976年1月、ロサンゼルスの Capitol Studios で。Stevie Wonder の前作『Songs in the Key of Life』と同時期に進行していた録音である。
全曲レビュー(Side A → Side B)
Side A
1. Breezin’(5:42)★ ティアA
オープナーにしてタイトル曲。Bobby Womack 作の楽曲(元々は Gabor Szabo がレコーディング)を、Benson が完全に自分のものとして再解釈。Benson のクリーン・トーンのジャズ・ギター、Phil Upchurch のリズム・ギター、Ronnie Foster の Rhodes、Stanley Banks のベース——すべてが風が吹くような軽やかさで進む。インストゥルメンタル曲としては当時としては異例の長さ(5:42)、しかも Billboard Hot 100 で63位(インストとして極めて稀な数字)。本曲はスムースジャズというジャンルの音響テンプレートを完全に定義した、歴史的な5分半である。
2. This Masquerade(8:02)★ ティアA
シングル・カット(Billboard Hot 100 で10位、Adult Contemporary で3位、R&B チャートで3位)。Leon Russell 作の楽曲のジャズ・ヴォーカル版。Benson の歌唱と、彼自身のギター・ソロのユニゾン・スキャット(声と楽器が同じフレーズを奏でる技法)は、本作の代名詞となった。8分超の長尺をかけて、ヴォーカル→ギター・ソロ→ヴォーカル→ギター・ソロと展開する構成は、ジャズの即興美学を完全に保ちながら、ポップ・チャート向けの強度を獲得している。
グラミー賞 Record of the Year を獲得(ジャズ作品としては前例のない快挙)。後に Helen Reddy、Carpenters、John Holt などがカバー。Benson のヴァージョンが決定版として現在も愛されている。
3. Six to Four(5:14)
Benson 自作のジャズ・ファンク・インスト。彼の Wes Montgomery 直系のジャズ・ギター技巧と、70年代ファンクのグルーヴが融合する、本作のなかでもっともコア・ジャズ寄りの楽曲。
Side B
4. Affirmation(7:00)
Jose Feliciano 作の7分超のジャズ・ロック・インスト。Phil Upchurch のリズム・ギターと Ronnie Foster のシンセが、Benson のソロを完璧に支える。後の Earl Klugh や Lee Ritenour に直接的に影響を与えた1曲。
5. So This Is Love?(5:48)
本作のなかでもっともメロウなインスト・バラード。Benson のギターが、ヴォーカル抜きでロマンティックなムードを完璧に立ち上げる。AOR / メロウ系統のリスナーが特に愛する1曲。
6. Lady(5:46)
クロージング。Benson 自作の楽曲で、本作のなかで最もシティ・ポップ的な感触を持つ。Ronnie Foster のシンセが、80年代以降のシティポップ/フュージョンの音響を予兆する。
参加メンバー
- Guitar/Vocals: George Benson
- Rhodes/Synth: Ronnie Foster
- Piano: Jorge Dalto
- Bass: Stanley Banks
- Drums: Harvey Mason
- Rhythm Guitar: Phil Upchurch
- Percussion: Ralph MacDonald
- Producer: Tommy LiPuma / Engineer: Al Schmitt
Harvey Mason、Phil Upchurch、Ralph MacDonald——これらの参加メンバーは、その後の70年代後半〜80年代の AOR / フュージョン作品の常連となる。特に Harvey Mason は、Donald Fagen『The Nightfly』、Bob James、Lee Ritenour の作品で活躍することになる、AOR セッション陣の中核ドラマー。
スムースジャズの誕生と AOR との関係
本作の商業的成功は、Warner Bros. にジャズの大衆化の可能性を強く印象付けた。その結果、80年代に Earl Klugh、Bob James、David Sanborn、Spyro Gyra、Yellowjackets らが続々とスムースジャズの名のもとに大ヒット作を放った。スムースジャズと AOR は、音響的にも音楽家人脈的にも、ほぼ完全に重なるジャンルとなった。
具体例:Benson 自身が1980年に Quincy Jones プロデュースで『Give Me the Night』を発表、AOR / R&B の頂点に立つことになる。Quincy Jones は本作の成功に強い影響を受け、Michael Jackson『Off the Wall』(1979) の制作方針を磨いていった。AOR / メロウソウル / スムースジャズ —— これらのジャンルはすべて、George Benson の本作を共通の源流として持つ。
このアルバムの位置付け
- 1971: White Rabbit(CTI 時代の代表作)
- 1974: Bad Benson
- 1976: Breezin’(本作、Warner Bros. 移籍第一作)
- 1977: In Flight(The Greatest Love of All 初出)
- 1980: Give Me the Night(Quincy Jones プロデュース、Grammy 受賞)
私的な感想——This Masquerade のスキャット
George Benson の This Masquerade のスキャット——彼の声とギターが同じフレーズを奏でる、あのユニゾンの瞬間を初めて聴いたとき、僕は人間の表現力の新しい次元を発見した思いがした。8分間ずっと続く即興の応酬は、何度聴いても飽きない。ジャズが嫌いな人にもポップが好きな人にも、この曲だけは届くと信じている。
AOR のスムースな側面——リズム・ギターの軽やかさ、Rhodes の浮遊感、ホーンを使わない静かなアレンジ——これらの語彙の多くは、本作で完成された。Boz Scaggs『Silk Degrees』(1976) と同じ年に、ジャズ側からも AOR の音響を切り拓いていた事実を、本作は静かに教えてくれる。
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