1979年7月、Patrice Rushen は通算6枚目のスタジオ・アルバム『Pizzazz』を Elektra Records からリリースした。Los Angeles 出身、ジャズ・ピアニストとしてのキャリアをスタートした Rushen が、Elektra 移籍後の初メジャー作で、ジャズ・フュージョンとディスコ/ファンク/AORを完璧に融合させた本作は、Billboard 200 で33位、R&B チャートで4位、ゴールド認定。”Haven’t You Heard” はディスコ・チャートで1位、Billboard R&B チャートで7位の大ヒット。後の日本シティポップ作家(特に松原みき、笠井紀美子、八神純子)に決定的な影響を与えた、AOR / メロウ系統の隠れた重要作。
このアルバムを聴くべき3つの理由
- Haven’t You Heard — 80年代以降のシティポップ/ナイトムードAOR の音響テンプレートを定義した1曲
- Patrice Rushen 自身が作曲・編曲・プロデュース・キーボード演奏を兼任した “ワン・ウーマン・プロダクション”
- Charles Mims Jr.、Reggie Andrews ら LA フュージョン陣との関係。後の Jeff Lorber、Yellowjackets に直結する音楽人脈
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背景:ジャズ・ピアニストの AOR 転向
Patrice Rushen は1954年ロサンゼルス生まれ。3歳でピアノを始め、わずか17歳でモントレー・ジャズ・フェスティバル “Outstanding Musician Award” を受賞した天才肌のピアニスト。USC(南カリフォルニア大学)で音楽学位を取得後、Prestige Records から1974年〜1976年に3枚のジャズ・アルバム(『Prelusion』『Before the Dawn』『Shout It Out』)をリリース、Donald Byrd、Eddie Henderson らジャズ・フュージョン界の中核との共演経歴を持つ。
1978年、Rushen は Elektra Records と契約し、よりポップな方向性を打ち出した『Patrice』(1978) を発表。本作『Pizzazz』はその続編にあたり、ジャズ・フュージョン、ディスコ、ファンク、AOR を完全に融合させた “クロスオーバー” 作品として位置付けられる。
本作の特徴は、Rushen 自身が全曲を作曲・編曲・プロデュース・キーボード演奏で主導したこと。当時、女性アーティストがこれほどまでに音楽制作の全領域を一人で支配する事例は極めて稀だった。録音は1979年初頭、ロサンゼルスの Hollywood Sound Recorders で。
全曲レビュー
1. Haven’t You Heard(5:48)★ ティアA
本作の——そして Patrice Rushen のキャリア全体の——もっとも有名な楽曲。シングル・カット(Billboard Hot 100 で42位、R&B チャート7位、ダンス・チャート1位)。Rushen 自身の作詞・作曲。
冒頭の Rushen のシンセ・リフ(Oberheim OB-X の伸びやかなパッド)、Charles Mims Jr. のグルーヴィなベース、そして Rushen 自身のヴォーカル——3要素が組み合わさったとき、80年代のシティポップ/メロウソウルの音響が完成した。”Haven’t you heard about this brand new groove?” のフックは、ディスコの陽性とジャズ・フュージョンの洗練を融合させた、AOR の語彙の重要な原型。
本曲は2000年代以降、世界中のシティポップ・リスナーから “再発見” され、Spotify、YouTube でのプレイ回数は累計数億回を超える。日本のシティポップ・ブームの中心に位置する楽曲のひとつ。
2. Hang It Up(5:14)
ファンキーなディスコ・ナンバー。Rushen のクラビネットが主役。本作のなかでもっともダンス・フロア寄りの楽曲。
3. Let The Music Take Me(3:43)
シングル・カット(R&B チャート41位)。本作のなかでもっともポップな楽曲。Rushen のヴォーカルが伸びやかに広がる。
4. Givin’ It Up Is Givin’ Up(5:21)
本作のなかで最も内省的なバラード。Rushen の Rhodes が主役で、ジャズ・ピアニストとしての本領が発揮される。
5. Settle for My Love(4:55)
メロウなバラード。Rushen のソングライティングの “成熟した愛” 路線が前面に出る。
6. When I Found You(4:48)
本作のなかでもっともジャジーなコード進行を持つ楽曲。Rushen の Acoustic Piano が前景化する。
7. Family Feeling(5:12)
ファンク・ナンバー。Rushen のキーボード・ソロが本作中もっともジャズ・フュージョン寄りに展開する。
8. Pizzazz(5:32)
タイトル曲。クロージング。インストゥルメンタル寄りで、Rushen のキーボード演奏が主役。アルバム全体の “ジャズ・フュージョン” の側面を最後に強調する。
参加メンバー(LA フュージョン陣)
- Vocals/Keyboards/Producer: Patrice Rushen
- Bass: Charles Mims Jr., Freddie Washington
- Drums: Leon “Ndugu” Chancler, James Gadson
- Guitar: Reggie Andrews, Charles Fearing
- Saxophone: Hubert Laws, Roland Bautista
- Backing Vocals: Janie Reid, Carolyn Dennis
Ndugu Chancler(後に Michael Jackson “Billie Jean” のドラマーとして名声を得る)、James Gadson(Donald Fagen『The Nightfly』、Bill Withers『Menagerie』にも参加)、Hubert Laws(伝説的なフルート奏者)など、LAフュージョン界の中核ミュージシャンが集結。Rushen の音楽的人脈の広さを物語る。
シティポップへの影響
本作、特に “Haven’t You Heard” は、日本のシティポップ作家に決定的な影響を与えた。1980年代初頭の松原みき『Pocket Park』(1980)、笠井紀美子『Tokyo Special』(1979)、八神純子『Communication』(1980) などは、本作の “Haven’t You Heard” の音響テンプレートを参考にしたとされる。
2010年代以降の世界的なシティポップ・ブームのなかで、Patrice Rushen の本作と続編『Posh』(1980)、『Straight from the Heart』(1982、”Forget Me Nots” を含む) は、日本リスナーから “原点” として再発見されている。AOR / メロウソウルの “もう一つの源流” として、本作は不可欠な1枚である。
このアルバムの位置付け
- 1974: Prelusion(ジャズ・ピアニストとしてのデビュー)
- 1978: Patrice(Elektra 移籍第一作)
- 1979: Pizzazz(本作)
- 1980: Posh
- 1982: Straight from the Heart(”Forget Me Nots” を含む、最大ヒット作)
私的な感想——Haven’t You Heard の新しさ
“Haven’t You Heard” のシンセ・リフを初めて聴いたとき、僕は1979年の音楽が、いかに “未来” を予見していたかに驚いた。80年代のシティポップ、90年代のネオソウル、2010年代のフューチャー・ファンク——すべてが、この5分48秒のなかに種を蒔かれている。Patrice Rushen は、1979年の時点で20代後半。彼女の音楽的成熟が、これほど早く到達した事実が、今でも信じがたい。
AOR を語るとき、Bobby Caldwell や Boz Scaggs の “白い” 系譜を辿るのが主流だが、Patrice Rushen の “黒い” 系譜——LA ジャズ・フュージョン × ディスコ × メロウソウル——もまた、AOR の重要な側面である。本作は、80年代AOR の音響的源流のひとつとして、今もリスナーを驚かせ続けている。
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