1984年7月、Sade(読み:シャーデー)は同名のリード・シンガー Sade Adu を中心とする4人組バンドとして、デビュー・アルバム『Diamond Life』を Epic Records からリリースした。Nigerian 系英国人の Sade Adu のスモーキーで知的なヴォーカルと、Stuart Matthewman(saxophone, guitar)、Andrew Hale(keyboards)、Paul Spencer Denman(bass)の3人による洗練されたジャズ/ソウル・アンサンブルが組み合わさった本作は、Billboard 200 で5位、英国アルバム・チャートで2位、最終的に全世界で1000万枚以上を売り上げた。”Smooth Operator” “Your Love Is King” の2大シングルを擁し、80年代メロウソウル / “ナイトムード AOR” の音響基準点を定義した革命的作品。グラミー賞 Best New Artist を獲得。
このアルバムを聴くべき3つの理由
- Smooth Operator — 80年代の “夜のサウンドトラック” を定義した1曲。Stuart Matthewman のサックスは、AOR / メロウソウルのテンプレートとなった
- Sade Adu のヴォーカル芸術。技巧的にも音域的にも控えめながら、抑制された官能性で時代を覆い尽くした
- “Quiet Storm” ジャンルの源流。Anita Baker、Maxwell、Norah Jones まで続く流れの始点
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背景:ロンドンのファッション学生からスター誕生
Helen Folasade Adu(ヘレン・フォラサデ・アドゥ、芸名 Sade Adu)は1959年ナイジェリア・イバダン生まれ、4歳で英国エセックスに移住。Saint Martin’s School of Art(後の Central Saint Martins)でファッション・デザインを学び、20代前半は雑誌『The Face』などのモデル/スタイリストとして活動していた。1981年、ロンドンの音楽シーンで活動していたバンド Pride にバック・ヴォーカリストとして参加、そこで Stuart Matthewman、Andrew Hale、Paul Spencer Denman と出会った。
1983年、4人は Pride から独立して Sade を結成。ロンドンのジャズ・クラブ Ronnie Scott’s での演奏が音楽業界の注目を集め、Epic Records と契約。プロデュースは Robin Millar が担当し、本作の録音は1984年初頭、ロンドンの The Power Plant Studios で行われた。
本作の音響は、Stuart Matthewman のテナー・サックス(モダン・ジャズの影響)、Andrew Hale のジャジーなコード進行、Paul Spencer Denman のメロディアスなベース、そして Sade Adu の抑制されたヴォーカルが、すべて 同じレベルで前面に出る “アンサンブル中心” の設計。これは1984年の MTV / シンセ・ポップ全盛期の音響とは全く異なる “ジャズ・カフェ的” な質感で、リリース当時は批評家から “時代遅れ” と評する声もあった。だが、リスナーは即座に本作を支持、爆発的なヒットとなった。
全曲レビュー(Side A → Side B)
Side A
1. Smooth Operator(4:58)★ ティアA
本作の——そして Sade のキャリア全体の——もっとも有名な楽曲。Sade Adu / Ray St. John の共作。冒頭の Stuart Matthewman のテナー・サックスの “ダ、ダ、ダ、ダーン” は、80年代の “夜の都市” の音響的定義となった。Andrew Hale のジャジーな Rhodes、Paul Spencer Denman のスムースなベース・ライン——すべてが Sade Adu のスモーキーなヴォーカルの背景として完璧に機能する。
歌詞は、世界中を渡り歩く謎めいたプレイボーイ(ジゴロ)の物語。”Coast to coast, LA to Chicago, western male…” と続くフレージングは、英米仏3カ国のシティ・カルチャーをひとつの楽曲に封じ込めた。Billboard Hot 100 で5位、世界中の主要チャートで上位を獲得。80年代を象徴するシングルの一つ。
2. Your Love Is King(3:46)★
第1弾シングル(Billboard Hot 100 で54位、UK チャート2位)。Stuart Matthewman のサックスがリードする、本作中もっともジャジーな楽曲。Sade Adu のヴォーカル史上最も抑制された歌唱と、Matthewman のサックスの “対話” が、AOR / メロウソウルの典型例として機能する。
3. Hang On to Your Love(5:54)
シングル・カット(Billboard R&B チャート14位)。本作のなかでもっともダンス・ビート寄りの楽曲だが、それでも極めて抑制されたグルーヴ。
4. Frankie’s First Affair(4:36)
本作のなかでもっとも内省的な楽曲。Andrew Hale のピアノが主役で、Sade Adu のヴォーカルが極度に抑制される。
5. When Am I Going to Make a Living(3:27)
シングル・カット(UK チャート36位)。経済的な不安を歌った、本作中もっとも社会派寄りの楽曲。だが音響は依然として “ナイトムード” で、不安すらクールに表現される。
Side B
6. Cherry Pie(6:13)
6分超のミドル・テンポ。Stuart Matthewman のサックスが、楽曲全体の “暗いセクシー” な雰囲気を完璧に立ち上げる。
7. Sally(5:24)
Sade Adu の “もう一人の女” を主題にした内省的な物語ソング。ピアノとサックスだけのミニマルなアレンジ。
8. I Will Be Your Friend(5:31)
本作中最も明るい楽曲。Andrew Hale の Rhodes がメイン。
9. Why Can’t We Live Together(5:36)
クロージング。Timmy Thomas の1972年のヒットのカバー。原曲のリズム・ボックス+オルガンのミニマルな構造を、Sade はサックスとピアノで完全に再解釈。本作のテーマである “都市の孤独と接続への希求” を、最後にもう一度提示する。
参加メンバー(Sade バンド+プロデューサー)
- Vocals: Sade Adu
- Saxophone/Guitar: Stuart Matthewman
- Keyboards: Andrew Hale
- Bass: Paul Spencer Denman
- Drums: Paul S. Cooke(ツアー・ドラマー、アルバム録音は session 陣)
- Producer: Robin Millar
Sade は当初4人組として発足したが、後の作品でドラマーは固定メンバーとして加入していく。Robin Millar のプロダクションは、ロンドンのジャズ/ソウル系録音の伝統に根ざしながら、80年代の音響技術(リバーブ、コンプレッサー)をミニマルに使う独特のスタイル。これが本作の “夜のジャズ・カフェ” 的な質感を完成させた。
“Quiet Storm” ジャンルの源流
本作の音響は、80年代後半に米国で確立する “Quiet Storm” ラジオ・フォーマット——夜間放送向けのソウル/R&B ミックス——の音響的基準を定めた。Anita Baker『Rapture』(1986)、Luther Vandross の80年代後半作、後の Maxwell『Urban Hang Suite』(1996)、Erykah Badu『Baduizm』(1997) まで、すべてが Sade『Diamond Life』を共通の参照点として持つ。
AOR の文脈では、Bobby Caldwell『Bobby Caldwell』(1978) の白人ソウル路線と並んで、80年代に “メロウソウル / Quiet Storm” として再展開されたジャンルの典型作。日本のシティポップ・リスナーも本作を熱烈に支持し、多くのシティポップ・アーティスト(杏里、角松敏生、笠井紀美子など)に影響を与えた。
このアルバムの位置付け
- 1984: Diamond Life(本作、デビュー作)
- 1985: Promise(”The Sweetest Taboo” を擁する)
- 1988: Stronger Than Pride
- 1992: Love Deluxe(”No Ordinary Love”)
- 2000: Lovers Rock
- 2010: Soldier of Love(最新作)
私的な感想——Smooth Operator のサックス
Sade『Diamond Life』を最初に通して聴いたのは、僕がまだ20代前半だった。Smooth Operator の Stuart Matthewman のサックス・ソロを聴いた瞬間、僕は “夜の都市” という概念が音楽で表現できることを初めて理解した。Sade Adu のヴォーカルは、技術的な派手さは一切ないが、その代わりに “抑制された官能性” という、当時の音楽シーンには存在しなかった新しい表現様式を提示していた。
AOR を語るとき、80年代の “MTV 全盛期” の音響だけに目を向けるのは片手落ちで、Sade のような “MTV に背を向けた洗練” もまた、80年代AOR の重要な側面である。本作は、AOR の “夜の側” の決定的な定義として、今もコアな愛好家から熱烈に愛されている。
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