Larry Carlton が1969年に手に入れた Gibson ES-335。1970年代半ば、彼はハリウッドの自宅に建てたスタジオに、そのギターの型番をとって「Room 335」と名付けた。そして1978年7月31日に Warner Bros. から出たソロ・アルバム『Larry Carlton』の1曲目には、その部屋の名前がそのまま付いている。ギターが部屋になり、部屋が曲になった——「335」という数字が三度、順番に受け渡されている。
この連鎖は偶然の語呂合わせではなく、アルバムの作られ方そのものを表している。本作はプロデュース、アレンジ、エンジニアリングまで Carlton 本人が自宅の一室で引き受け、外に出たのはストリングス録音だけだった。年間数百枚のレコードで他人の曲を弾いてきたセッション・ギタリストが、初めて「自分の音を自分の部屋で完結させた」記録である。
この記事は、その「三つの335」を軸に、Billboard 200 で174位に終わったアルバムが、なぜ日本で邦題『夜の彷徨』を与えられ、いまも「Room 335」をギター教則の標準曲として残しているのかを読み解く。
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ギターが部屋になり、部屋が曲になる——「335」の受け渡し
最初にあったのはギターである。Carlton が Gibson ES-335 を手に入れたのは1969年で、セミホロウ・ボディの甘いサスティンとヴォリューム・ペダルを組み合わせたこのギターの音は、70年代のロサンゼルスで彼の署名になった。
次に部屋が来る。1970年代半ば、Carlton はハリウッドの自宅にスタジオを建て、ギターの型番をそのまま借りて「Room 335」と呼んだ。以後の彼のアルバムの大半は、この部屋で録音されることになる。そして最後に曲が来る。1978年のアルバムの冒頭に置かれた5分38秒のインストゥルメンタル「Room 335」は、録音場所の名前を曲名にしたものだ。楽器→場所→作品の順に同じ数字が受け渡され、その終点に本作がある。
年に数百枚のセッションから、自宅の一室へ
1948年、カリフォルニア州 Torrance 生まれの Carlton は、1971年に The Crusaders に加わり、1976年に離れるまで13枚のアルバムに参加した。並行して、Steely Dan『Katy Lied』『The Royal Scam』『Aja』、Joni Mitchell『Court and Spark』『Hejira』をはじめ、70年代を通じて数え切れないセッションをこなしている。『The Royal Scam』(1976) の「Kid Charlemagne」でのソロは、後に Rolling Stone 誌の「100 Greatest Guitar Songs」で80位に選ばれた。Steely Dan 側については 『Aja』のレビューで触れている。
セッション・ワークでは曲も音像も依頼主のもので、ギタリストの仕事は他人の設計図に最良の一筆を足すことだ。1978年のソロ作は、その関係を反転させた。本作のクレジットを見ると、プロデューサー、アレンジャー、エンジニアのすべてが Larry Carlton 一人で、セカンド・エンジニアには Steve Carlton の名前がある。録音とリミックスの場所は Room 335。外部のスタジオを使ったのはストリングスだけで、これは Western Studio #1 で Paul Dobbe がエンジニアを務めた。
つまり本作は、当時のロサンゼルスで最も忙しいギタリストの一人が、自分の家に少人数を招いて作ったアルバムである。顔ぶれはキーボードの Greg Mathieson、ベースの Abraham Laboriel、ドラムの Jeff Porcaro、パーカッションの Paulinho da Costa、そしてバッキング・ヴォーカルと声のアレンジを担当した William “Smitty” Smith。この5人と Carlton で、8曲すべてが作られている。
8曲の内訳——インストゥルメンタル6曲と、歌が2曲
収録曲は8曲。うち6曲が Carlton 作のインストゥルメンタルで、残る2曲は William Smith と Eric Mercury の共作を Carlton 自身が歌っている。A面の頭に看板曲を据え、歌ものを2曲目と6曲目に配して息継ぎをさせる構成だ。
Room 335
1曲目、5分38秒。ES-335 のクリーンなトーンによるテーマが、Porcaro のドラムと Laboriel のベースが作る軽いシャッフルの上を歌い、Mathieson のキーボードがコードの色を足していく。Carlton のソロは技巧を誇示するというより、テーマの延長として旋律を伸ばしていく種類のもので、AllMusic の Jason Elias はこの曲を「彼の初期ソロ・ワークのスタイルを決めた曲」と評した。
Nite Crawler
3曲目。これは新曲ではなく、Carlton が The Crusaders に提供して『Free as the Wind』(1977) に収められた曲のリメイクである。オリジナルでは Wilton Felder のサックスがテーマを吹いていたが、本作では Carlton のギターがその役を引き取った。バンドのために書いた曲を、自分の部屋で自分の楽器に取り戻す——ここにも「他人の場所から自分の場所へ」という本作の動線が出ている。
Rio Samba
B面の頭、6分55秒と本作で最も長い。Elias はこの曲を「アルバムのベスト・トラック」とし、Mathieson のキーボードに支えられた Carlton のフレーズを、同時期の Lee Ritenour の作品より逞しいと書いている。da Costa のパーカッションが前に出て、小さな部屋で録られたとは思えない開放感を作っている。
Where Did You Come From / I Apologize
2曲目と6曲目が、Carlton がリード・ヴォーカルをとる2曲。どちらも William Smith と Eric Mercury の作で、コーラスとそのアレンジは Smith 自身が担当している。Carlton の声は決して器用ではないが、ギターと同じく力を入れずに旋律をなぞるやり方で、インスト曲との温度差がない。
残る「Point It Up」「Don’t Give It Up」「(It Was) Only Yesterday」は、いずれも Carlton 作のインストゥルメンタル。6分4秒の「Don’t Give It Up」では Laboriel のベースが旋律的に動き、少人数編成がむしろ聴きどころになる。
Room 335 で録られた記録——クレジット表
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| リリース | 1978年7月31日 / Warner Bros. Records(BSK 3221) |
| 録音・リミックス | Room 335(ハリウッド、Carlton の自宅スタジオ) |
| ストリングス録音 | Western Studio #1(ハリウッド)/ エンジニア: Paul Dobbe / コンサートマスター: Gerald Vinci |
| プロデュース・アレンジ・エンジニア | Larry Carlton |
| セカンド・エンジニア | Steve Carlton |
| 演奏 | Larry Carlton (g, vo) / Greg Mathieson (key) / Abraham Laboriel (b) / Jeff Porcaro (ds) / Paulinho da Costa (perc) / William “Smitty” Smith (bgv, コーラス・アレンジ) |
| 収録時間 | 41分13秒 / 全8曲(Carlton 作6曲、Smith & Mercury 作2曲) |
ライナーの謝辞には、Louie Shelton、Robben Ford、B.B. King、John Coltrane の4人と、Valley Arts Guitar の名前が並んでいる。ギターの型番を冠したアルバムの謝辞に、サックス奏者の名前が入っているのは示唆的だ。Carlton がジャズに関心を持ったきっかけがラジオで聴いた Joe Pass で、その後 Barney Kessel や Wes Montgomery、B.B. King を聴き込んだという経歴を考えると、この4人の名前は彼の「歌うソロ」の出自を素直に示している。
全米174位と、オリコン46位——アルバムが着地した場所
本作は1978年10月14日付の Billboard 200 で174位に達したのが最高で、米国では大きな商業的成功とは言えない。ところが日本では事情が違った。Warner Bros. の日本盤(P-10536W)には『夜の彷徨(さまよい)』という邦題が付けられ、オリコンの LP チャートで最高46位、トップ100に16週にわたって留まっている。
| チャート / 認定 | 成績 | 備考 |
|---|---|---|
| Billboard 200(米国) | 174位 | 1978年10月14日付 |
| オリコン LP チャート(日本) | 46位 | トップ100に16週 |
| AllMusic 評価 | 5点中4点 | Jason Elias 評 |
| 日本盤タイトル | 『夜の彷徨(さまよい)』 | 1978年 P-10536W / 1980年 P-6387W ほか |
日本での再発の多さも、この着地点を裏付けている。Discogs に登録されている本作のヴァージョンを追うと、1991年の CD(WPCP-4091)以降、1996年、2007年、2008年、2011年(SACD)、2012年、2014年、2019年(180g LP)と、日本盤だけで繰り返し再発されてきた。Warner Music Japan の商品解説は本作を「当時のギター・キッズに多大な影響を与えた最高傑作」と紹介しており、米国のチャートとは別の場所で本作の評価が育ったことが分かる。
「Room 335」はどうやって標準曲になったか
チャートに残らなかった曲が標準曲になるには、繰り返し演奏される必要がある。Carlton は本作の翌年、日本公演を収めたライヴ盤『Mr. 335 Live in Japan』(1979) を Warner Bros. から出し、ここでも「335」という数字をタイトルに置いた。以後、この数字はレーベル名(後年の自主レーベル 335 Records)や本人の通称にまで広がる。2007年には自身の再録音集『Greatest Hits Rerecorded, Volume One』で「Room 335」を録り直している。
一方で、この曲が教則の題材として定着したのは、ソロが「歌える」からだ。Carlton は「Kid Charlemagne」のソロについて「口ずさめるもの」と語っているが、「Room 335」も同じ原理でできている。速いパッセージで感心させるのではなく、テーマとソロが一続きの旋律として耳に残る。AOR のギター・ソロがヴォーカルの延長として設計されるようになる80年代を前に、その手本が1978年の自宅録音で提示されていた。Boz Scaggs『Silk Degrees』や AOR 名盤100選で扱っている「ギターが歌う」タイプの作品群は、ここを起点に聴くと輪郭がはっきりする。
三つの335を聴き分ける
本作を聴くなら、最初に「Room 335」を単独で聴き、次に「Nite Crawler」を『Free as the Wind』の Crusaders 版と続けて聴くことを勧めたい。前者で部屋に鳴る ES-335 の音を、後者でサックスから引き取ったテーマの変わり方を確かめられる。最後に「Rio Samba」で、少人数の部屋録音がどこまで広がるかを確かめる。楽器、部屋、曲——同じ数字を三度たどると、このアルバムが「セッションマンの余技」ではなく、自分の音を自分の場所で確定させた一作だったことが見えてくる。
参考資料
- Wikipedia (en) — Larry Carlton (album)(リリース日・録音場所・クレジット)
- AllMusic — Larry Carlton『Larry Carlton』(Jason Elias によるレビュー・クレジット)
- Discogs — Larry Carlton『Larry Carlton』(各国盤・再発情報・ライナー謝辞)
- Larry Carlton 公式サイト — About(経歴・Room 335・Grammy 記録)
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