1980年4月、Boz Scaggs は『Middle Man』を発表した。『Silk Degrees』(1976) から数えて4年、『Down Two Then Left』(1977) を挟んでの第3章。前2作で確立した AOR の方法論を、本作で「最も洗練された都会的ロック」 へと昇華させる。Bill Schnee がプロデューサーとして全権を握り、David Foster, Jeff Porcaro, Steve Lukather, Marcus Miller, David Sanborn ら、最強のセッション陣をバックに、Boz は34歳の成熟をスタジオに刻んだ。
このアルバムを聴くべき3つの理由
- 「Jojo」と「Breakdown Dead Ahead」、AOR Tier S を2曲収めた異例の濃度。Boz Scaggs のキャリアで最も商業的・批評的バランスに優れた1枚
- 当時 25-26歳の David Foster と Steve Lukather が音楽監督と主軸ギタリストを務め、Toto IV (1982) の青写真がここに描かれている。AOR 黄金期の “人脈の交差点” として最重要
- Bill Schnee の「Davlen Sound 流マスタリング」が完成形に到達。スネアの粒立ち、ホーンの定位、ヴォーカルの近さ——80年代以降の AOR 録音の標準語彙が、ここで確立した
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1980年のBoz — 「Silk Degrees の影」からの脱却
『Silk Degrees』(1976) で世界的成功を収めた Boz は、続く『Down Two Then Left』(1977) で商業的に失速する。批評家は「Silk Degrees の続編に過ぎない」と評し、ファンも前作のような熱狂を示さなかった。
3年の沈黙を経て、Boz は本作で路線を意図的にシフトさせた。Silk Degrees の “ジャズ/R&B 寄り” から、Middle Man では “ロック/ファンク 寄り” へ。プロデューサーも Joe Wissert(Silk Degrees)から Bill Schnee に交代。Schnee は Three Dog Night, Carly Simon, Whitney Houston など、80年代以降の AOR / ポップ録音を支えるエンジニア/プロデューサーで、彼の参加が本作のサウンドを決定づけた。
レコーディングは North Hollywood の Davlen Sound Studios。Silk Degrees と同じスタジオで、しかし4年の歳月を経て機材も人脈も成熟している。Toto を結成した David Paich, Jeff Porcaro が一時的に Boz のセッションに戻ってきており、Steve Lukather も初参加(Silk Degrees の頃にはまだ参加していなかった)。
全曲レビュー(Side A → Side B)
Side A
1. Jojo(4:48/Scaggs, Foster)★ ティアS
本作のオープナーで、Boz Scaggs のキャリアを代表する1曲。Billboard Hot 100 で17位、Adult Contemporary で1位を記録した。David Foster との共作で、Foster がこの時点でメロディ・メイカーとして頭角を現し始めていることが分かる。
イントロのキックドラムから1音で世界が決まる。Jeff Porcaro のドラムは、Silk Degrees「Lowdown」のシャッフル感とは違う、もっと “都会的に固められたグルーヴ” を刻む。スネアのバック・ビートが際立つ位置で叩かれ、ハイハットのオープン/クローズも極めて意図的。
サビの「Jojo, the prince of the city」のフックは、ニューヨークの夜の街を歩く色男の物語。Boz のヴォーカルは Silk Degrees 時代より低めにスタートし、サビで一気に上に開く。歌唱表現の幅がさらに広がっていることがわかる。
2分過ぎ、Steve Lukather のギターが短いオブリガートを入れる。これが彼が Boz Scaggs のセッションで弾いた最初期の名フレーズのひとつ。Toto 1st(1978)の翌々年、すでに自分の語彙を完成させている。
2. Breakdown Dead Ahead(4:31/Scaggs, Foster)★ ティアS
Side A の2曲目で、本作のもうひとつの代表作。Billboard Hot 100 で15位。同じく David Foster との共作。
イントロのカッティング・ギターは、おそらく Steve Lukather と Ray Parker Jr. のダブル。後者は Raydio などで売れる前の時期、セッションマンとして Boz の周辺にいた。リフは単純な4小節ループだが、その上に Foster のシンセ、Sanborn の Alto、Lukather のオブリが重なって、立体感を生む。
歌詞は「Breakdown(破局)が目の前に迫っている」という警告。AOR としては珍しく “緊張感” を主軸に置いた歌で、Boz のヴォーカルは決して甘くならず、淡々と忠告する。サビのコーラスは Bill Champlin(後の Chicago)が担当、彼の白人ソウル的なハーモニーが Boz の声を厚くする。
3. Simone(4:36/Scaggs)
本作で最もメロウなナンバー。Boz 単独の作詞作曲で、シモーヌという女性への内省的なバラード。エレピ(David Foster)とアコースティック・ギター(Boz 本人)が中心の、簡素なアレンジ。
2分過ぎ、David Sanborn の Alto Sax が短いソロを取る。Sanborn は同時期 David Bowie の『Young Americans』、James Taylor などのセッションで頭角を現していた頃で、彼の “泣きのアルト” がこの曲の感情の核を支える。
4. You Can Have Me Anytime(5:54/Scaggs, Marcy Levy)★ ティアA
Side A 締めくくりの 5分54秒のスロー・バラード。Carlos Santana がリード・ギターでゲスト参加している。Santana の伸びやかなフレージングが、Boz の歌の合間を埋めるように泳ぐ。1980年の AOR 録音における異例の客演で、ロック寄り Boz の理想形。
共作者の Marcy Levy(後の Marcella Detroit, Shakespears Sister)は、当時 Eric Clapton のバック・コーラスを務めていた。Clapton 周辺と Boz 周辺の人脈が、この曲で交差している。
Side B
5. Middle Man(5:52/Scaggs, Foster)
タイトル曲。Side B のオープナーで、本作の精神的中核。「Middle Man」とは “中間者”——成功と挫折、若さと成熟、上昇と下降のあいだに立つ男を歌う。
歌詞は Boz 自身の34歳という年齢を意識したと思われる、内省的なもの。「I’ve been the middle man, caught in between, but I never been one to lose」というフレーズが象徴的で、Silk Degrees の華麗さからは距離を取った、もっと地に足のついた語り口。
6. Do Like You Do in New York(4:53/Scaggs, Foster)
ニューヨークを歌うアップテンポのファンク・ナンバー。Marcus Miller がベースで参加(クレジットされている2人のベーシストの一人)し、ティーンエイジャー時代の彼の Slap グルーヴが聴ける。後の Miles Davis との共演で世界的に知られるようになる Marcus の、初期の名仕事。
7. Angel You(4:24/Scaggs, Levy)
Side B の中盤に置かれたミディアム・テンポのバラード。Marcy Levy との共作で、女性への賛歌をテーマにした手堅い曲構成。コーラス・ワークが豊かで、Bill Champlin の高音域が Boz のヴォーカルに花を添える。
8. Isn’t It Time(5:13/Scaggs, Foster)
アルバムの締めくくり。Boz 自身が「Isn’t it time we settled down?(そろそろ落ち着く時間じゃないか?)」と問いかけるバラード。Silk Degrees の “We’re All Alone” を彷彿とさせる “夜の終わり” の系譜。
後半、Foster のピアノが3度ずつ降りていくフレーズで楽曲を閉じる——その降下のフレージングが、Boz の “静かに次のステージへ向かう” 姿勢を象徴する。実際、この後 Boz は 8年間レコーディングから遠ざかり、次作『Other Roads』(1988) まで沈黙する。本作はその “長い休息の前の最後の声” でもあった。
主な参加ミュージシャン
- Drums: Jeff Porcaro(Toto), Russ Kunkel
- Bass: David Hungate(Toto), Marcus Miller
- Keyboards: David Foster(音楽監督的役割), David Paich
- Guitars: Steve Lukather, Ray Parker Jr., Carlos Santana(”You Can Have Me Anytime”)
- Saxophones: David Sanborn, Tom Scott
- Backing Vocals: Bill Champlin, Marcy Levy, Marti McCall
- Producer: Bill Schnee
- Recording: Davlen Sound Studios, North Hollywood
注目すべきは、本作が Toto IV (1982) のセッション陣の “予告編” として機能している点。David Paich, Jeff Porcaro, David Hungate, Steve Lukather の4人が同じスタジオに集結している。Toto IV の代表曲「Rosanna」のグルーヴ感と、Middle Man「Jojo」のグルーヴ感を聴き比べると、その血脈がはっきり見える。
Bill Schnee の音作り — Davlen Sound の到達点
本作の音響的特徴は、Bill Schnee による “密度の高い透明感”。具体的には:
- スネアの粒立ちがさらに際立つ(Silk Degrees の Wissert ミックスより硬質)
- ホーンの定位がはっきり左右に分かれ、ステレオ・イメージが立体化
- ヴォーカルがより前面に置かれ、Boz の息遣いまで聞こえる
Schnee は本作の音響を、後年の Whitney Houston『Whitney』(1987), Boz Scaggs『Other Roads』(1988) でさらに発展させていく。AOR から 80年代ポップへの架け橋として、Schnee の名前は記憶されるべきだ。
このアルバムの位置付け(Boz Scaggs 全キャリアの中で)
- 1976: Silk Degrees — AOR の方法論を確立
- 1977: Down Two Then Left — 続編的、商業的失速
- 1980: Middle Man(本作) — Silk Degrees とは別の頂点へ
- 1980: Hits!(コンピレーション)— 80年代の “とりあえず Boz” 入門
- 1988: Other Roads — 8年の沈黙を経た復活作
- 1994: Some Change — 円熟期の到達点
Silk Degrees はあくまで “ジャンルの創始者” としての作品。Middle Man は “ジャンルの完成者” としての作品。両者を聴き比べると、AOR が4年間でどれだけ洗練され、また同時にどれだけ “魂を整理した” のかが分かる。Silk Degrees の自由さに対して、Middle Man は秩序の音楽である。
私的な感想 — Jojo のキックドラム
僕がこのアルバムで最も繰り返し聴いたのは、間違いなく “Jojo” の冒頭4小節だ。あのキックの”ドンッ”の音が、なぜか深夜運転中の高速道路で何度も自分を救った。眠気覚ましというより、“夜の都会の輪郭” を取り戻すような効果がある。
Silk Degrees の “Lowdown” のキックは、もっと軽やかで湿っている。Middle Man の “Jojo” のキックは、もっと硬くて乾いている。同じ Jeff Porcaro が叩いている同じドラムなのに、4年の歳月でこれだけ違う音色を作り分けている——これがセッション・ミュージシャンの恐るべき技量だ。
40代になっていま聴き直すと、Boz が34歳でこの “成熟” を表現していることに、毎回少し圧倒される。”I’ve been the middle man, caught in between“——どの世代になっても、誰かは中間者なのだ。そういう普遍を、彼は34歳で既に手に入れていた。
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