Steely Danの『Aja』は、1977年9月23日にABC Recordsから発表された6作目のスタジオ・アルバムです。全7曲、約40分。作詞作曲はすべてウォルター・ベッカーとドナルド・フェイゲン、プロデュースはゲイリー・カッツ。ここまでは多くの紹介文に書かれています。けれどもクレジットのドラムの欄を曲順に追うと、少し奇妙なことに気づきます。7曲のうち6曲で、叩いている人が違うのです。
同じ顔ぶれで通すのがバンドの常識だとすれば、『Aja』は曲ごとに最適な演奏者を探し、合わなければ次の人を呼ぶ、という方法で作られたアルバムです。本稿ではこの「キャスティング」を背骨に、ドラム、サックス、ギターのソロがどう選ばれたのかを曲ごとにたどり、最後にAORリスナーにとっての入口と出口を整理します。
曲ごとにドラマーを替えるという設計図
まずは全7曲と、その曲を支えた主な演奏者を並べます。ベースは「Deacon Blues」だけがベッカー本人で、ほかの6曲はチャック・レイニーが通しています。リズムの土台の半分を固定し、もう半分を毎回入れ替えた、とも読めます。
| 面 | 曲名 | 時間 | ドラムス | 主なソロ・聴きどころ |
|---|---|---|---|---|
| A1 | Black Cow | 5:10 | ポール・ハンフリー | トム・スコットのテナー、ジョー・サンプルのクラビネット |
| A2 | Aja | 7:57 | スティーヴ・ガッド | ウェイン・ショーターのテナー、ガッドのドラム・ソロ |
| A3 | Deacon Blues | 7:35 | バーナード・パーディ | ピート・クリストリーブのテナー |
| B1 | Peg | 3:57 | リック・マロッタ | ジェイ・グレイドンのギター・ソロ、マイケル・マクドナルドのコーラス |
| B2 | Home at Last | 5:35 | バーナード・パーディ | パーディ・シャッフル、ベッカーのギター・ソロ |
| B3 | I Got the News | 5:07 | エド・グリーン | ラリー・カールトンのギター |
| B4 | Josie | 4:33 | ジム・ケルトナー | ベッカーのギター・ソロ、終盤の再始動フィル |
録音もロサンゼルスのVillage RecordersやProducer’s Workshopなど複数のスタジオと、ニューヨークのA&R Studiosにまたがっています。演奏者だけでなく、部屋もまた曲ごとに選ばれていました。
8分の組曲「Aja」と、2テイクのドラム・ソロ
タイトル曲「Aja」は、ベッカーによれば制作中だった複数の曲をつないだ組曲で、初期のデモ「Stand by the Seawall」も素材のひとつでした。約8分は、1981年の活動停止までにバンドが残した曲のなかで最長です。中間部では新しい素材が次々に現れるため、各奏者の前に譜面台が3台並んだと伝えられています。
ここで叩いたスティーヴ・ガッドのパートには即興の余白があり、Steely Dan作品で初めてのドラム・ソロになりました。ベッカーは「書かれたものではない」と語っています。一発録りと語られることもありますが、2テイクを編集でつないだものとされています。後半、ショーターのサックスの背後でガッドがフィルを積み上げていく場面は、伴奏とソロの境目がほどけていく瞬間として聴けます。
そのウェイン・ショーターも、最初は依頼を断ったと伝えられています。Village Recordersの支配人ディック・ラパルムがバンドを推したことで参加が決まったとされ、当日はピアノで30分ほど音階をさらってから3〜4テイクを吹きました。ジョー・サンプルのローズは、ディレイと軽いトレモロで水面のように揺れています。オリジナル・メンバーのデニー・ディアスが長いギター・ソロを弾いており、これがベッカーとフェイゲン以外の創設メンバーによる最後の参加になりました。
7人が挑んだ「Peg」の間奏ソロ
キャスティングの徹底ぶりがもっともよく知られているのが「Peg」です。間奏のギター・ソロには7人の一流セッション・ギタリストが挑んだとされ、最終的に採用されたのはジェイ・グレイドンのテイクでした。グレイドンはエンジニアのロジャー・ニコルズの推薦で呼ばれ、約6時間かけています。
グレイドン本人の回想では、最初の1時間は手持ちのポップ/ジャズ寄りのフレーズを弾いたものの手応えがなく、休憩後にフェイゲンから「ときどきブルースを考えて」と助言されたといいます。冒頭の重音のベンドがバンドの心をつかみ、最初の4小節はそのまま残りました。24トラックの残りが少なく、ソロは1本のトラックに上書きで録られたため、先行テイクがどれだけ残っているかははっきりしません。
サビの多重コーラスはマイケル・マクドナルド。トム・スコットのリリコンが軽い色を足し、ドラムはリック・マロッタの跳ねるビートです。シングルはビルボードHot 100で11位、キャッシュボックスでは8位まで上がりました。1989年にはデ・ラ・ソウルが「Eye Know」で大きくサンプリングしています。
テレビの音を探した「Deacon Blues」
「Deacon Blues」のサックスは、ベッカーとフェイゲンが『ザ・トゥナイト・ショー』のバンドで耳にした奏者を、名前もわからないまま探した結果です。カッツが何人ものサックス奏者を呼び、ようやく現れたのがピート・クリストリーブでした。彼は番組の収録を終えた夜にスタジオへ入り、2テイクを吹いて、2本目が使われています。
タイトルについてフェイゲンは、アメフト選手ディーコン・ジョーンズの名前の響きから着想したと語っています。ドラムはバーナード・パーディ、アコースティック・ギターにディーン・パークス、ギターにリー・リトナー。7分半をかけてゆっくり膨らむ曲で、シングルはHot 100で19位でした。
ハーフタイム・シャッフルと、止まってから動き出すフィル
B面は、ドラマーの個性がいちばん聴き分けやすい面です。「Home at Last」でパーディが提案したのは、彼自身が「ハーフタイムの感覚で、ファンキーでレイドバックしているが、ほかのシャッフルとは違う」と説明するパーディ・シャッフルでした。ハイハットのゴースト・ノートが細かく揺れ、テンポ以上にゆったり聴こえます。
「I Got the News」ではエド・グリーンの硬めのビートにカールトンのギターが絡み、「Josie」ではジム・ケルトナーが、曲がいったん止まったあと終盤でバンドを再始動させるフィルを入れています。「Josie」はアルバムでもっともロック寄りの曲とされ、シングルはHot 100で26位。ベッカー自身のギター・ソロが聴けるのもこの曲です。冒頭の「Black Cow」はポール・ハンフリーの抑えたグルーヴにトム・スコットのテナーが乗る、名刺代わりの1曲です。
全米3位、グラミー録音賞、議会図書館
手間をかけた作りは、商業的にも評価の面でも報われました。主な記録を整理します。
| 項目 | 記録 |
|---|---|
| ビルボード200 | 最高3位(1978年の年間5位) |
| 英国アルバム・チャート | 最高5位 |
| カナダ | 最高3位 |
| RIAA認定 | 2×プラチナ |
| 第20回グラミー賞 | 最優秀録音エンジニア賞(ノン・クラシカル)受賞。ロジャー・ニコルズ、エリオット・シャイナー、アル・シュミット、ビル・シュニー |
| 同・最優秀アルバム賞 | ノミネート(受賞はFleetwood Mac『Rumours』) |
| 殿堂・登録 | 2003年グラミーの殿堂入り。2011年4月、米国議会図書館の国家録音登録簿への追加が発表 |
最優秀アルバム賞の候補には、Eagles『Hotel California』も並んでいました。同じ年にFleetwood Mac『Rumours』、Eagles『Hotel California』と競ったことは、1977年という年の層の厚さをよく示しています。
クレジットからAORへ渡る道
『Aja』の参加者名簿は、そのままAORの人脈図として読めます。「Peg」でコーラスを重ねたマイケル・マクドナルドのソロ作は『If That’s What It Takes』へ。ソロを託されたジェイ・グレイドンは、のちにデヴィッド・フォスターとAirplayを組みます。ソロ争いに加わったカールトンの歌心は『Larry Carlton』で、「Aja」のローズを弾いたサンプルの本拠地はCrusaders『Street Life』で確かめられます。
そしてこの方法論の行き先が、3年後の『Gaucho』です。パーディ、マロッタ、ガッドは再び呼ばれますが、そこでは人間の演奏の精度そのものが問い直されます。『Aja』を人の手による到達点として聴いたあとに『Gaucho』へ進むと、その差がはっきり見えます。さらにフェイゲンのソロ作『The Nightfly』では、『Aja』の6人には含まれていなかったジェフ・ポーカロが中心に座ります。聴く順番は「Peg」から入り、次にタイトル曲、最後にB面を通して、ドラマーの違いに耳を向けるのがおすすめです。
試聴・購入
『Aja』は、Spotify、Apple Music、Amazon Music などの各サービスで「Steely Dan Aja」と検索してお探しください。配信状況は時期や地域で変わるため、各サービスでご確認ください。
参考資料
- Aja (album) – Wikipedia(英語)
- Aja (song) – Wikipedia(英語)
- Peg (song) – Wikipedia(英語)
- Anatomy of a Song: Jay Graydon Discusses Steely Dan’s “Peg” – Popdose
- Deacon Blues – Wikipedia(英語)
- Josie (Steely Dan song) – Wikipedia(英語)
- GRAMMY.com: 20th Annual GRAMMY Awards
- Library of Congress Information Bulletin, May 2011(National Recording Registry)
