顔を伏せたジャケットとB面の「What You Won’t Do for Love」──Bobby Caldwell『Bobby Caldwell』(1978)

Bobby Caldwell Bobby Caldwell AOR名盤ガイドのアイキャッチ(レコードモチーフ・ジャケット不使用)
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1978年に TK Records 傘下の Clouds から出た Bobby Caldwell のデビュー作には、ふたつの「隠しごと」がある。ひとつはジャケットだ。公園のベンチに腰掛けた男の姿は黒いシルエットに塗りつぶされ、顔も肌の色も分からない。もうひとつは曲順である。のちに Hot 100 で9位、R&B チャートで6位まで上がる「What You Won’t Do for Love」は、A面の目玉ではなく、B面の2曲目——通しで6曲目——という目立たない位置に置かれていた。

前者はレーベルの側が、後者は Caldwell 本人が仕掛けたものだ。レーベルは歌い手が白人であることを黒人ラジオに悟られたくなかった。本人は、この曲がヒットするとは思っていなかった。ふたつの思惑がすれ違ったまま世に出たアルバムが、結果として Caldwell を生涯にわたって定義する1枚になる。この「隠す」という行為を軸に、デビュー作を読み直す。

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Bobby Caldwell - What You Won't Do for Love (Official Lyric Video)
目次

「白いパンよりも白い」歌い手を黒人ラジオへ

TK Records は KC and the Sunshine Band を擁するマイアミのディスコ/ソウルの拠点で、その商売は黒人ラジオ局のオンエアに支えられていた。社長の Henry Stone は、ディスコの勢いが衰え始めた時期に「R&B にもう少しポップな手触りを加えたもの」を探しており、Little Richard のリズム・ギタリストを経てバー・バンドで6年を過ごしていた Caldwell に白羽の矢を立てた。Clouds は TK が抱えるポップ寄りの子会社で、本作はその最大のヒットになる。

問題は、Stone の顧客である黒人ラジオに、この歌い手をどう届けるかだった。Caldwell 自身が後年語った言い回しを借りれば、レーベルは「白いパンよりも白い」人間を黒人ラジオに持ち込むことに二の足を踏んだ。そこで出た結論が「顔を見せない」である。

本人がトレースしたシルエット

意外なことに、あの黒塗りのジャケットを考えたのは Caldwell 自身だった。撮影された写真を下敷きにして輪郭をなぞり、内側を塗りつぶしてシルエットにした——本人はそう説明している。レーベルの事情を逆手に取って、顔を出せないならデザインとして成立させてしまえ、という判断である。結果として、ベンチに座る男の影は Caldwell の看板になり、1979年に『What You Won’t Do for Love』と改題されて再発された際にも、日本盤『イヴニング・スキャンダル』にも同じ図柄が使われ続けた。

顔を伏せた効果は本人の想像を超えていた。「What You Won’t Do for Love」は黒人ラジオのスロー・ジャム枠で受け入れられ、多くのリスナーはこの声の主を黒人シンガーだと信じたまま曲をリクエストした。

ミックスを聴いた社長のひと言から生まれた曲

アルバムの制作は Hialeah の TK スタジオで、本人の回想によれば10か月におよんだ。Caldwell はヴォーカルのほかキーボード、シンセサイザー、ギター、ベースを自分で弾き、プロデュースは Ann Holloway が担当している。ところが仕上がったミックスを聴いた Stone は「まだ足りない」と判断し、Caldwell をスタジオに戻した。そこで短期間に書かれ、録音されたのが「What You Won’t Do for Love」である。ギタリストの Alfons Kettner との共作で、4つのコードが循環するジャズ寄りの進行に、Mike Lewis のホーン・アレンジが乗る。

しかし本人はこの曲を、追加で入れた1曲としか見ていなかった。ヒットするなら2曲目の「My Flame」だろう、というのが Caldwell の読みで、だからこそ新曲はB面の2曲目に収まった。TK の幹部はこれに同意せず、1978年9月にこの曲をファースト・シングルとして切る。作った本人が最も価値を低く見ていた曲が、最も遠くまで届いた。

チャートが記録した「二重のヒット」

この曲の面白さは、ポップ、R&B、イージー・リスニングという性格の異なる3つのチャートで、いずれもトップ10に入った点にある。ポップ、ソウル、スタンダード風の歌ものと、聴き手ごとに別の顔で受け取られていたことが数字から読み取れる。アルバムも Billboard のソウル LP チャートで7位、総合で21位まで上がった。

作品チャート最高位チャート在位
「What You Won’t Do for Love」Billboard Hot 1009位(3週)20週
同上Billboard Hot Soul Singles6位23週
同上Billboard Easy Listening10位16週
同上Cash Box Top 10010位19週
同上カナダ(RPM)16位—
『Bobby Caldwell』(アルバム)Billboard Top LPs & Tape21位31週
同上Billboard Soul LPs7位28週
同上カナダ(RPM)35位—

なお、1979年には「Can’t Say Goodbye」(5月)と「My Flame」(9月)が続けてシングル・カットされている。本人が本命視した「My Flame」は3枚目のシングルとしてようやく世に出た。

クリーヴランドの静寂——正体が明かされた夜

ラジオでは隠し通せても、ステージではそうはいかない。Caldwell の最初の全国ツアーは Natalie Cole の前座で、クリーヴランドの野外劇場に立った夜のことを本人は繰り返し語っている。姿を見せた瞬間、客席は「ピンが落ちる音が聞こえるほど」静まり返った。曲を聴きに来た観客が想像していたのとは違う人物が、そこにいたからだ。それでも10分ほど歌ううちに客席の空気は変わり、本人の言葉を借りれば「その夜、自分は一人前になった」。

ジャケットの黒塗りが作った期待と、ステージ上の現実との落差を歌で埋めた。この一夜は、アルバムの「隠しごと」に対する答え合わせだった。

B面の6曲目から聴く

What You Won’t Do for Love

冒頭のホーン・リフとベース・ラインが、この曲の署名になっている。Caldwell の歌は、ソウル・バラードの語法を踏まえながら声を張らず、サビの手前で一度引く。4つのコードが延々と循環する構造は、後年ヒップホップの作り手たちがループの素材として目をつけた理由でもある。

My Flame

本人がヒット候補と信じたミディアム・スロー。エレクトリック・ピアノの分散和音の上で、Caldwell がフレーズの末尾をわずかに崩す。1997年に The Notorious B.I.G. が「Sky’s the Limit」でこの曲をサンプリングしたことで、「What You Won’t Do for Love」以外にも本作の曲がヒップホップの棚に並ぶことになった。

Can’t Say Goodbye

George “Chocolate” Perry との共作で、このトラックだけ Perry が単独でプロデュースしている。AllMusic の M.F. DiBella が「Tony Bennett の洒落たバージョン」と評したように、ヴォーカル・アレンジはクルーナー寄り。オリジナル LP では5分を超えるが、後年の CD では3分半の短いバージョンが収録され、日本盤の紙ジャケット再発では長い方が「TK Version」としてボーナス扱いになった。同じアルバムの中で、もっともエディション差が出る曲である。

Special to Me / Love Won’t Wait

A面の頭に置かれた2曲は、TK の看板であるディスコの語彙に最も近い。「Special to Me」は Marsha Radcliffe と Deborah F. Shane との共作。Cash Box が当時の評で「推進力のあるディスコ・ビート」と書いたのは、この辺りを指している。

Kalimba Song / Down for the Third Time

1分強の「Kalimba Song」は親指ピアノを使ったインストゥルメンタルで、DiBella が「短いが甘い」と評した実験的な小品。B面の終盤で密度を下げてから、ラストの「Down for the Third Time」でジャズ・ファンク寄りのグルーヴに戻る。

録音クレジットとエディションの差

項目内容
リリース1978年 / Clouds(TK Records 傘下)CCL 8804
録音TK Studios(Hialeah, Florida)
プロデュースAnn Holloway(全体)/ Marsha Radcliffe(Special to Me, My Flame)/ George “Chocolate” Perry(Can’t Say Goodbye)
Bobby Caldwellリード・ヴォーカル、キーボード、シンセサイザー、ギター、ベース
ドラムEd Greene, Joe Galdo, Harold Seay
ベース / ギターGeorge “Chocolate” Perry, Richie Valesquez / Alfons Kettner, Steve Mealy
キーボードBenny Latimore
ホーン&ストリングス編曲Mike Lewis
1979年再発『What You Won’t Do for Love』に改題(同じ CCL 8804)。ゴールド・ヴィニール盤も存在
変わり種シングル「What You Won’t Do for Love / Love Won’t Wait」のハート型赤盤(Clouds CL-HSS-1)
日本盤邦題『イヴニング・スキャンダル』(CBS・ソニー 2AP 1354)。2004年にビクターから紙ジャケット再発(VICP-62941、ボーナス「Can’t Say Goodbye [TK Version]」収録)

「隠す」の意味を書き換えたサンプリング

1998年、2Pac の遺作シングル「Do for Love」がこの曲を下敷きにしたことで、「What You Won’t Do for Love」はもう一度チャートの世界に戻ってきた。Go West(1993年)、Boyz II Men と MC Lyte(2004年)、Snoh Aalegra(2021年)とカバーも途切れず、ジャンルを問わず引用され続けている。かつて「肌の色を隠す」ために使われた黒塗りのジャケットは、いまでは「誰が歌っても成立する曲」の証明のように見える。

日本では事情がやや違う。この国で Caldwell は「Mr. AOR」と呼ばれ、1992年の Los Angeles Times は「海外での人気の方が大きい」と書いた。第2作『Cat in the Hat』(1980年)の「Open Your Eyes」が Common「The Light」(2000年)に使われたことで、Caldwell を知った世代とは、別の入り口である。2023年3月に71歳で世を去った後、この曲は英国のシングル・ダウンロード・チャートにも顔を出している。

同じ1970年代後半に、白人シンガーがソウルの語法で AOR を作った例としては Boz Scaggs『Silk Degrees』 や Ned Doheny『Hard Candy』 がある。ただし、ジャケットで顔を消してまで黒人ラジオへ乗り込んだ作品はこの1枚しかない。AOR 名盤100選 の中でも、その意味で異色の位置にある。

参考資料

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この記事を書いた人

AORBreeze運営者。Boz Scaggs、Steely Dan、TOTO、Bobby Caldwellを原体験に、70〜80年代のAOR・ヨットロック・シティポップ・フュージョンを聴き続けているリスナー。David FosterやJay Graydonら西海岸セッション人脈に注目し、参加ミュージシャン視点でアルバムを掘り下げています。

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