「ジャズは難しそう」と感じている人にこそ聴いてほしい1枚がある。The Crusadersが1979年に放った『Street Life』——ジャズの手練れたちが、ディスコとソウルとAORの言葉を使って街の夜を描いた、クロスオーバー史の金字塔だ。11分を超えるタイトル曲が始まって30秒で、このアルバムが「敷居の高い音楽」ではないことがわかる。
クルセイダーズとは何者か
母体は1950年代のテキサス州ヒューストンで結成されたジャズ・グループ。60年代にThe Jazz Crusadersとしてハードバップで名を上げ、70年代に「Jazz」を看板から外してThe Crusadersと改名した——この改名自体が、ジャズとポピュラー音楽の壁を壊すという宣言だった。60年代のThe Jazz Crusaders時代にはPacific Jazzレーベルからハードバップの佳作を連発し、改名後の1972年には「Put It Where You Want It」でファンク路線への転身を鮮やかに成功させている。つまり『Street Life』は突然変異ではなく、20年かけてジャズの外へ歩き続けたバンドの到達点なのだ。中核はJoe Sample(キーボード)、Wilton Felder(テナーサックス/ベース)、Stix Hooper(ドラムス)の3人。同時期のLAスタジオシーンでは引く手あまたのセッション奏者でもあり、彼らの「歌もののように聴けるジャズ」は、まさにAORと同じ土壌から生まれている。
人脈の面でも、このバンドはAOR史の結節点にいる。70年代前半にはギタリストとしてLarry Carltonが在籍しており、脱退後の彼はSteely Dan『The Royal Scam』などで伝説的なセッションを残すことになる。Wilton Felderはサックス奏者であると同時に超一流のセッション・ベーシストで、Jackson 5「I Want You Back」の躍動するベースラインは彼の演奏だ。Joe Sampleも『Rainbow Seeker』(1978)などのソロ作と並行して無数のセッションをこなした。つまりクルセイダーズの3人は、モータウンからSteely Danまでを裏で支えた「LAスタジオ黄金時代」の当事者そのものである。
タイトル曲と、ランディ・クロフォードという発見
アルバム冒頭を飾る表題曲「Street Life」の主役は、当時まだ広くは知られていなかった女性シンガー、Randy Crawfordだ。Joe Sampleの転がるエレピの上で、艶と芯を併せ持つ声が夜の街の光と影を歌う。シングル版は全米36位・R&Bチャート17位、そして英国では5位まで駆け上がり、バンド最大のヒットになった。
曲の構造にも触れておきたい。イントロのゴージャスなストリングス、Aメロの会話するようなエレピ、サビでの転調、そして後半の長いインストゥルメンタル・セクション——11分の中でテンポは変わらないのに、場面の温度が何度も変わる。ディスコのフォーマットを借りながら、進行とボイシングは完全にジャズ。この「踊れるのに知的」というバランスこそ、後のアシッド・ジャズやクラブ・ジャズが手本にしたものだ。
Crawfordはこの成功を足がかりに、翌1980年「One Day I’ll Fly Away」でソロとしても花開く。「Street Life」は、無名のシンガーが一晩でスターになる——歌詞の主題そのもののようなシンデレラ・ストーリーの現場でもあった。
全曲ガイド
Side A
1. Street Life——11分超の組曲的タイトル曲。イントロのストリングス、Crawfordのボーカル、中盤のFelderのサックス・ソロと、场面が次々に切り替わる構成はまるで短編映画だ。まずはヘッドホンで通しで。
2. My Lady——一転してインストゥルメンタルのメロウ・チューン。Sampleのローズ・ピアノの音色は、AORファンなら一瞬で「この音だ」とわかるはず。
Side B
3. Rodeo Drive (High Steppin’)——ビバリーヒルズの目抜き通りを題材にした軽快なファンク。
4. Carnival of the Night——夜側のムードを担う中盤の要。
5. The Hustler——Felderのサックスが主役のドライブ感あるナンバー。
6. Night Faces——余韻を残して夜が明ける、締めくくりのバラード。全6曲・捨て曲なしの40分は、LP時代ならではの構成美だ。
「歌もの」として作られたジャズ——プロダクションの妙
本作の音作りで注目したいのは、ジャズ・アルバムなのに徹頭徹尾「歌もの」の設計思想で録られていることだ。リズム・セクションはタイトに整えられ、ホーンとストリングスはアレンジとして配置され、ソロは長すぎない。Sampleのエレクトリック・ピアノとFelderのサックスは「即興」ではなく「歌」として鳴っている。この抑制の美学は、同時期のBoz ScaggsやSteely Danのプロダクションと完全に地続きで、だからこそAORのリスナーが違和感なく入れる。
もうひとつの聴きどころはベースだ。Felderはサックスとベースを曲ごとに持ち替えており(ライブでは若手が補った)、彼のベースはジャズ的な歩き方ではなく、ソウル/ファンク的な「歌わせる」ライン。タイトル曲の低音の跳ね方に、モータウンで鍛えた筋肉がはっきり出ている。
数字と、その後の長い人生
アルバムはBillboard 200で18位、ジャズ・アルバム・チャートでは1位、R&Bアルバム・チャートで3位。ジャズ作品としては異例のポップ・ヒットとなった。そして表題曲はその後も生き続ける——1981年の映画『Sharky’s Machine』のオープニングに使われ、1997年にはQuentin Tarantinoが『Jackie Brown』の劇中で採用。死後も再評価が続く「1001 Albums You Must Hear Before You Die」選出盤でもある。40年以上たった今も、この曲は夜のプレイリストの定番であり続けている。なお、この曲でスターへの扉を開いたRandy Crawfordは、Joe Sampleと生涯にわたる音楽的パートナーシップを結び、後年もデュオ名義の作品を重ねた。1曲の出会いがキャリアを変える——セッション文化の美しい側面が、ここにある。
AORの地図のどこに置くか
本作は「ジャズ・フュージョン系AOR」の最良の入口だ。演奏はジャズの語彙、プロダクションはAORの美学、歌はソウルの体温——3つの言語が1枚の中で自然に同居している。ここが気に入ったら、Bob JamesやGeorge Bensonといった同時代のクロスオーバー勢へ、あるいはAOR名盤ランキング100選のジャズ・フュージョン章へ進んでほしい。夜のドライブのお供を探しているなら、まずこの1枚で間違いない。なお表題曲にはシングル編集版(約4分)とアルバム版(11分超)があるが、初めて聴くなら必ずアルバム版を——後半のインストゥルメンタル・パートにこそ、このバンドの本体がいる。
