39年間、誰も再現できなかった夜──Christopher Cross『Christopher Cross』(1979)

Christopher Cross デビュー作 レビュー
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1981年2月25日、ニューヨークの Radio City Music Hall。第23回グラミー賞の夜、Christopher Cross は Record of the Year、Album of the Year、Song of the Year、Best New Artist の主要4部門をひとりで持ち帰った。グラミー史上、この4つを同じ夜に取った人間はそれまで誰もいなかった。そして次に同じことが起きるのは、Billie Eilish が壇上に立つ2020年1月26日——39年後である。

ただし、この記録には妙な影がある。受賞したアルバム『Christopher Cross』は Billboard 200 で最高6位止まりで、1位に届いたことがない。Record of the Year を獲った「Sailing」は Hot 100 で1位に立ったが、在位は1週だけだった。より長く上位にいたのは、候補にすらならなかった「Ride Like the Wind」のほうである。

「頂点に届かなかったアルバム」と「1週だけの1位」が、なぜ『The Wall』や『Glass Houses』を退けたのか。1979年12月27日に Warner Bros. から出た本作を、この夜から逆算して読んでいく。

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Christopher Cross - Sailing (Official Music Video)
目次

1981年2月25日——6位のアルバムが『The Wall』を退けた

Album of the Year の候補は5枚。Pink Floyd『The Wall』、Billy Joel『Glass Houses』、Frank Sinatra『Trilogy: Past Present Future』、Barbra Streisand『Guilty』、そして Christopher Cross。『The Wall』は前年に Billboard 200 で15週にわたって1位に居座った作品で、『Glass Houses』も『Guilty』もチャートの頂点を経験している。5枚のうち、1位を知らないのは Cross の盤だけだった。

結果はご存じのとおりで、賞はテキサスから出てきた新人の手に渡った。壇上でトロフィーを受け取ったのはプロデューサーの Michael Omartian で、Warner Bros. とアルバムの参加者を代表して謝辞を述べている。この部門のプレゼンターは Donna Summer と Michael McDonald——後者は「Ride Like the Wind」で答えのコーラスを歌った当人である。自分の声が入ったアルバムの名前を、自分で読み上げたことになる。

部門受賞他の候補(主なもの)
Album of the Year『Christopher Cross』『The Wall』『Glass Houses』『Trilogy』『Guilty』
Record of the Year「Sailing」「Lady」「The Rose」「Theme from New York, New York」
Song of the Year「Sailing」(作: Christopher Cross)—
Best New ArtistChristopher CrossIrene Cara / Robbie Dupree / Amy Holland / The Pretenders
Best Arrangement Accompanying Vocalist(s)「Sailing」(Cross & Omartian)—
Best Pop Vocal Performance, Male候補のみ(受賞は Kenny Loggins「This Is It」)—

ノミネートは6、受賞は5。落としたのは男性ポップ・ヴォーカル部門で、相手は Kenny Loggins だった。もうひとつ、アルバムはエンジニアの Chet Himes の名で Best Engineered Recording にも候補入りしていたが、こちらは『The Wall』の James Guthrie が獲っている。Album of the Year で負けた『The Wall』が、音の部門では Cross に勝った——この夜はそういう組み合わせで終わった。

1979年12月27日に出た盤が「1980年の」賞を総なめにするまで

第23回グラミーが対象としたのは1980年の音楽である。1979年の暮れ、それも年末の3日前に出たアルバムは、暦の上では前年の作品だが、賞の対象期間にはぎりぎり入っていた。そして1980年のあいだ、この盤は一度も1位になることなく、ずっとチャートの上のほうに居続けた。

その「居続け方」を、年間チャートが証言している。Billboard 200 の年間順位は1980年が17位、翌1981年が4位。つまり、グラミーの夜を挟んで2年目のほうが売れたアルバムである。受賞後に再点火した、というより、火が消えないまま年をまたいだと言ったほうが近い。

項目数値
発売1979年12月27日 / Warner Bros. Records
Billboard 200 最高位6位(1位到達なし)
Billboard 200 年間順位1980年: 17位 / 1981年: 4位
RIAA 認定5×プラチナ(米国500万枚、1994年認定)
英国全英アルバム・チャート 14位 / BPI プラチナ
その他の最高位オランダ 14位 / ニュージーランド 16位 / カナダ 26位

米国での認定は5×プラチナ。ただし認定日は1994年で、発売から15年後である。80年代のあいだに数字が積み上がり、まとめて申請された形だ。この「静かに売れ続ける」性格は、1週しか1位にいなかった「Sailing」が、その後の何十年かでソフト・ロックの代名詞になっていった経緯と重なる。

1週の1位と、4週の2位——候補になったのは短いほう

アルバムからのシングルは4枚。順に並べると、賞の側とチャートの側で「主役」がずれていることが見えてくる。

シングル発売Hot 100Adult Contemporary備考
Ride Like the Wind1980年1月2位(4週)—Blondie「Call Me」に阻まれ1位未到達
Sailing1980年5月1位(1週・8月30日付)1位Record / Song of the Year
Never Be the Same1980年9月24日15位1位(2週)3枚連続トップ40
Say You’ll Be Mine1981年3月14日20位15位グラミー授賞式の後に発売

「Ride Like the Wind」は1980年の春、4週にわたって2位に留まった。上にいたのは Blondie の「Call Me」で、映画『American Gigolo』の主題歌が6週の1位を続けているあいだ、Cross のシングルはその真下で待っていた。結局この曲は1位を踏まないまま下がっていく。

代わって夏に上がってきた「Sailing」は、8月30日付で1位に届き、翌週には譲った。滞在は1週。ところがグラミーの Record of the Year と Song of the Year に選ばれたのはこちらで、「Ride Like the Wind」はどちらの部門にも名前がない。チャートの持久力では負けた曲が、賞では勝った。もっと言えば、Best Arrangement Accompanying Vocalist(s) も「Sailing」で、この1曲だけで3つのトロフィーを取っている。

3枚目の「Never Be the Same」は Hot 100 では15位だったが、Adult Contemporary では2週の1位。4枚目の「Say You’ll Be Mine」はグラミーの授賞式から3週間ほど後、1981年3月14日に出た。5冠の直後に出たシングルが20位止まりだったことは、賞がそのまま売上に変換されるわけではない、という当たり前の事実を示している。

Austin の4人と、Burbank の客演——クレジットは二層になっている

このアルバムのクレジットを読むと、参加者がはっきり二層に分かれる。下の層は、Cross が San Antonio で10代のころから一緒にやっていた仲間たちだ。ベースの Andy Salmon はバンド Flash 時代からの相棒で、キーボードの Rob Meurer も同郷、ドラムの Tommy Taylor は Austin に移ってから加わった。4人は Austin でカヴァー曲を演奏して稼ぎながら、Odyssey Sound(のちの Pecan Street Studios)でデモを録り、レーベルに送り続けていた。

自分たちはバンドのつもりだった。しかし1979年初頭、Warner Bros. が契約したのは「Christopher Cross」というソロ・アーティストだった。それでもリズム・セクションは全曲この3人が弾いており、アルバムの土台は Austin のバンドのままである。上の層——ロサンゼルスのセッション・プレイヤーと客演歌手——は、その土台の上に曲ごとに載せられている。

パート参加者(該当曲)
Austin のバンドChristopher Cross (vo, g) / Andy Salmon (b) / Rob Meurer (key) / Tommy Taylor (ds)
プロデュース・鍵盤Michael Omartian (p, synth) ※Album of the Year の共同受賞者
ギター・ソロJay Graydon (1, 4) / Larry Carlton (2, 7) / Eric Johnson (9)
パーカッションLenny Castro / Victor Feldman (vib, perc)
ホーンJim Horn, Jackie Kelso, Don Roberts (sax) / Lew McCreary (tb) / Chuck Findley (tp, flh) / Tomás Ramírez (sax solo: 9)
弦Assa Drori(コンサートマスター: 3, 5, 6, 8)
客演ヴォーカルNicolette Larson (1) / Michael McDonald (2, 6) / Valerie Carter (3) / Don Henley, JD Souther (7) / Stormie Omartian, Marty McCall, Myrna Matthews (4)
エンジニアChet Himes(Austin から帯同)/ 第2エンジニア: Stuart Gitlin / マスタリング: Bobby Hata

Omartian との出会いは、Warner Bros. の水曜朝の A&R 会議だったと本人が語っている。Cross は当初この人選に乗り気でなかったが、Omartian が Steely Dan の作品で弾いていた鍵盤奏者だと知って引き受けた。録音は Burbank の Amigo Studios(現在の Warner Bros. Recording Studios)で行われ、エンジニアには Austin のデモを録っていた Chet Himes がそのまま就いた。地元の音を知る人間を残したまま、LA の人脈で外側を固める——このアルバムの「二層」は、制作体制そのものでもある。

背骨に沿って聴く——賞を取った曲、取れなかった曲

Sailing(4:14)——高校時代の友人の船

曲の出発点は、Cross が高校生のころ、年上の友人 Al Glasscock に連れられて出た帆走にある。思春期のもやもやを海に出ることで忘れさせてくれた相手で、Cross にとっては兄のような存在だった。ふたりはその後28年間会わず、1995年4月にラジオ番組『The Howard Stern Show』が引き合わせている。Cross はのちに、500万枚超のプラチナ・ディスクを Glasscock に贈った。

演奏は Cross の12弦エレクトリック・ギターを核に、Omartian のピアノ、Meurer のエレピ、Victor Feldman のパーカッション、Tommy Taylor のドラム。ベースはこの曲だけ Abraham Laboriel が弾いている。派手なソロはなく、弦が入ってくるまで音数は少ない。Cross と Omartian の名で編曲賞を獲ったのは、この「足さない」設計に対してである。

Ride Like the Wind(4:32)——答えの声は別人に

Houston から Austin へ移動する道中で書かれた曲で、死刑を宣告された男がメキシコへ逃げる、という物語仕立てになっている。デモの段階では、コーラスの「答え」のパートも Cross 自身が歌っていた。それを聴いた Omartian が、ここは別の声のほうがいいと提案し、Michael McDonald が呼ばれた。McDonald は答えのフレーズだけでなく、後半のハーモニーも重ねている。

Austin のバンドが弾いた基本トラックに、Taylor のドラムを直線的なロックのビートから4つ打ちのキックへ変更して推進力を作り、最後に Assa Drori 率いる28人の弦を足した。ホーンはヴォーカルのハーモニーと同じ音の重ね方で書かれ、声と溶けるようになっている。4週の2位と、グラミーの候補外——この曲の評価は、チャートと賞で食い違ったままだ。

Never Be the Same(4:40)と Say You’ll Be Mine(2:53)

「Never Be the Same」は Don Henley と JD Souther が背景で歌う曲で、ギター・ソロは Larry Carlton。Adult Contemporary で1位になったのは、Cross のバラードがどの層に届いていたかを示している。対照的に「Say You’ll Be Mine」はアルバム最短の2分53秒で、Nicolette Larson がコーラスを付け、Jay Graydon がソロを弾く。1曲目にこの軽い曲を置き、最後に6分の「Minstrel Gigolo」を置く構成は、シングル中心のアルバムとしては珍しく、終わりに向かって重くなっていく。

Minstrel Gigolo(6:00)——Austin から来たもうひとりのギタリスト

最後の曲でソロを弾いているのは Eric Johnson。当時はまだ全国的には無名で、Cross と同じ Austin のシーンにいた同郷のギタリストである。Tomás Ramírez のサックス・ソロと並んで、この曲だけは LA の「上の層」ではなく、テキサスの人脈が前に出る。アルバムの締めをこの2人に任せたところに、ソロ名義になっても「バンドのつもり」だった Cross の意地が残っている。

なお、米国盤の9曲に加えて、日本ではヤマハの音楽祭のために書かれた「Mary Ann」(2:55)が1980年に日本限定シングルとして出ており、現在のCD・配信ではボーナス・トラックとして10曲目に収められていることが多い。

2020年1月26日——39年後に並んだ記録、そのあいだにあったこと

主要4部門の同時受賞は、2020年の第62回グラミーで Billie Eilish が『When We All Fall Asleep, Where Do We Go?』と「Bad Guy」で達成するまで、誰も繰り返せなかった。Norah Jones は2003年に Album・Record・Best New Artist を取ったが、「Don’t Know Why」の作者ではなかったため Song of the Year が手に入らなかった。Cross の場合、「Sailing」は単独作である。作者としての賞と歌い手としての賞を同じ曲で取れたことが、4冠の条件だった。

Cross 自身のその後は、この夜の延長線上で進む。1981年には映画『Arthur』の主題歌「Arthur’s Theme (Best That You Can Do)」を Burt Bacharach、Carole Bayer Sager、Peter Allen と共作し、Hot 100 で2曲目の1位を記録、アカデミー賞の歌曲賞を獲った。翌年のグラミーでも Record・Song・男性ポップ・ヴォーカルの3部門に候補入りしたが、こちらは無冠に終わっている。2作目『Another Page』(1983)はゴールド認定。数字だけを見れば、デビュー作の高さがそのまま比較の基準になってしまった、という言い方もできる。

けれども、このアルバムが40年以上経っても聴かれている理由は、賞の数ではないだろう。1位を知らないまま、2年にわたってチャートの上のほうに居続けた粘り——それを支えたのは、Austin の4人が弾いた土台と、Omartian が「足さない」判断をした編曲だった。AOR の入口として本作を勧めるなら、「Sailing」から入って「Ride Like the Wind」で答えの声を確かめ、「Minstrel Gigolo」でテキサスの側に戻ってくる、という順番がいい。

同じ時代の AOR を並べて聴くなら、Omartian 以前に「西海岸の音」の基準を作った Boz Scaggs『Silk Degrees』 と、本作を含む AOR 名盤100選 も合わせてどうぞ。

参考資料

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この記事を書いた人

AORBreeze運営者。Boz Scaggs、Steely Dan、TOTO、Bobby Caldwellを原体験に、70〜80年代のAOR・ヨットロック・シティポップ・フュージョンを聴き続けているリスナー。David FosterやJay Graydonら西海岸セッション人脈に注目し、参加ミュージシャン視点でアルバムを掘り下げています。

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