グローヴァー・ワシントン・ジュニアの『Winelight』は、サックス奏者のリーダー作として語られることがほとんどです。けれどもクレジットを1行ずつ追っていくと、別の顔が浮かび上がります。全6曲のうち、ワシントン本人が書いたのは3曲。残る3曲は、パーカッション奏者ラルフ・マクドナルドと、彼の仲間であるウィリアム・ソルター、ビル・イートンの手によるものです。しかも録音されたのは、マクドナルドがエンジニアのリチャード・オルダーソンと立ち上げたニューヨークのRosebud Recording。共同プロデューサーにもマクドナルドの名前があります。
つまりこのアルバムは、サックス奏者の作品であると同時に、ひとりの打楽器奏者が率いる作家・録音チームの「工房」から生まれた作品でもあります。本稿ではこの視点を軸に、1980年に発表された『Winelight』を、制作体制、曲ごとの聴きどころ、チャートと賞、そしてAORリスナーとの接点という順にたどっていきます。
『Mister Magic』から5年後、Elektraでの再合流
ワシントンとマクドナルドの縁は、このアルバムで始まったわけではありません。1975年にKuduから出た『Mister Magic』のタイトル曲はマクドナルドの作品で、同作はビルボードのソウル・アルバム・チャートとジャズ・アルバム・チャートで1位、ポップ・アルバム・チャートでも10位まで上がりました。
1980年、前作『Skylarkin’』をMotownから出したワシントンは、同年10月24日、Elektraから『Winelight』を発表します。プロデュースは自身とマクドナルドの共同名義でした。5年前のヒットの作者と、今度はスタジオと作曲チームごと組んだ形です。
マクドナルドは17歳でハリー・ベラフォンテのバンドにスティールパン奏者として加わり、約10年在籍しました。1967年にはビル・イートン、ウィリアム・ソルターとAntisia Musicを設立し、ソルターとの共作「Where Is the Love」はロバータ・フラックとダニー・ハサウェイの歌でグラミーを獲得しています。カリブ音楽の素地とソウルの職業作家の顔、その両方が本作に流れ込んでいます。
作家・演奏・録音をつなぐ人物相関
主要クレジットを整理すると、作曲・編曲・録音・打楽器のすべてにAntisia/Rosebudの人脈が関わっていることがわかります。
| 役割 | 人物 | 本作での担当 | マクドナルドとの関係 |
|---|---|---|---|
| 共同プロデュース/打楽器 | ラルフ・マクドナルド | コンガ、パーカッション、シンドラム。「In the Name of Love」「Just the Two of Us」共作 | 本人 |
| 作曲 | ウィリアム・ソルター | 「In the Name of Love」「Just the Two of Us」共作 | Antisia Music共同設立者 |
| 作曲・編曲・指揮 | ビル・イートン | タイトル曲「Winelight」作曲、全体の編曲と指揮、5曲目のOberheim | Antisia Music共同設立者 |
| 録音エンジニア | リチャード・オルダーソン | エンジニア | Rosebud Recordingの共同設立者 |
| 鍵盤 | リチャード・ティー/ポール・グリフィン | フェンダー・ローズ(ティーは1・3・5・6曲目、グリフィンは2・4曲目) | — |
| ギター/ベース/ドラムス | エリック・ゲイル/マーカス・ミラー/スティーヴ・ガッド | 全編のリズム・セクション | — |
| ヴォーカル | ビル・ウィザース | 「Just the Two of Us」リード・ヴォーカル、作詞 | 共作者 |
ティー、ゲイル、ガッドはニューヨークのバンドStuffのメンバーでもあり、そこに1959年生まれ、当時21歳前後のマーカス・ミラーが加わっています。
片面3曲ずつ、A面とB面に分けて聴く6曲
全6曲・約39分、どの曲も5分を超えます。作者はワシントン作3曲とAntisia勢3曲でちょうど半々です。
| 面 | 曲名 | 作者 | 時間 | 聴きどころ |
|---|---|---|---|---|
| A1 | Winelight | ウィリアム・イートン | 7:32 | イートン作のタイトル曲。ローズとクラヴィネット2台、Oberheimのシンセが重なる鍵盤の層の厚さ |
| A2 | Let It Flow (For Dr. J) | ワシントン | 5:52 | 76ersのジュリアス・アーヴィングに捧げた曲。ローズはポール・グリフィン |
| A3 | In the Name of Love | ソルター/マクドナルド | 5:26 | のちにサックス抜きの別アレンジがマクドナルド&ウィザース名義でも出た曲 |
| B1 | Take Me There | ワシントン | 6:16 | B面の幕開け。ガッドとミラーの組み合わせによるリズムの推進力 |
| B2 | Just the Two of Us | ウィザース/ソルター/マクドナルド | 7:23 | ウィザースが歌う唯一のヴォーカル曲。シングル版(3:58)の倍近い長さ |
| B3 | Make Me a Memory (Sad Samba) | ワシントン | 6:32 | 副題どおりサンバの語法。「Just the Two of Us」シングルのB面 |
タイトル曲「Winelight」は、クレジット上の鍵盤奏者が最も多い曲です。リチャード・ティーのローズに、レイ・チューとポール・グリフィンのクラヴィネット、エド・ウォルシュのOberheimが重なります。音の重心は低く保たれ、その上をサックスがゆっくり滑っていきます。
「Let It Flow (For Dr. J)」は、フィラデルフィアに暮らし、76ersを熱心に応援していたワシントンが、同チームのスター選手ジュリアス・アーヴィングに捧げた曲です。ワシントン作の3曲は、Antisia勢の曲に比べてメロディが即興の延長のように紡がれ、職業作家の曲との違いが聴き比べでよくわかります。
マクドナルドのパーカッションに加え、ロバート・グリニッジのスティールドラムもクレジットされており、ニューヨーク録音にカリブやラテンの風通しを持ち込んでいます。
「Just the Two of Us」は、インストに後から歌詞が乗った
本作を象徴する「Just the Two of Us」は、制作の順序に特徴があります。最初にマクドナルドとソルターが器楽のトラックを書き、そのあとでマクドナルドがビル・ウィザースに連絡を取り、ウィザースが歌詞をつけました。歌モノとして構想されたのではなく、Antisiaのインストに外部のシンガーソングライターが言葉を与えて完成した曲です。
1981年2月にシングルとして切られると、ビルボードHot 100で2位まで上昇し、3週にわたってその位置にとどまりました。1位を阻んだのはシーナ・イーストン「Morning Train (9 to 5)」とキム・カーンズ「Bette Davis Eyes」です。ワシントンにとっては唯一のトップ40ヒットでもありました。翌1982年2月の第24回グラミー賞では、作者のウィザース、ソルター、マクドナルドの3人が最優秀R&Bソングを受賞しています。
この曲はコード進行の面でも、のちに大きな影響を残しました。キーはFマイナーで、D♭maj7–C7–Fm7–E♭m7–A♭7という進行を繰り返します。C7からFm7でいったん短調に沈み、E♭m7からA♭7で長調側へ戻る。この行き来が、どこにも着地しきらない浮遊感を生んでいます。日本ではこの進行を簡略化した形が、椎名林檎「丸の内サディスティック」にちなんで「丸サ進行」と呼ばれ、J-POPで広く用いられる定番のコード進行として知られるようになりました。
日本との縁はほかにもあります。久保田利伸は1991年にキャロン・ウィーラーとのデュエットでレゲエ調のカヴァーを録音し、1995年にはR&B調で再録音しました。その再録音を収めた1996年のシングルは、オリコン週間チャートで30位を記録しています。邦題は「クリスタルの恋人たち」です。
ジャズ1位、ソウル2位、ポップ5位という越境
成績を並べると、本作が届いた層の広さが見えてきます。
| 項目 | 結果 | 補足 |
|---|---|---|
| 米ビルボード ジャズ・アルバム | 1位 | 1980〜81年 |
| 米ビルボード ソウル・アルバム | 2位 | 同上 |
| 米ビルボード ポップ・アルバム | 5位 | 1981年の年間チャートは13位 |
| 英国アルバム・チャート | 34位 | シングルも英34位 |
| RIAA認定(米国) | 2×プラチナ | 200万枚出荷 |
| 第24回グラミー賞(1982年) | 最優秀ジャズ・フュージョン・パフォーマンス | アルバム『Winelight』で受賞 |
| 第24回グラミー賞(1982年) | 最優秀R&Bソング | 「Just the Two of Us」(ウィザース/ソルター/マクドナルド) |
| シングル「Just the Two of Us」 | Hot 100 2位/AC 2位/R&B 3位 | 1981年、Hot 100で3週2位 |
ジャズ・フュージョン部門の候補にはマイルス・デイヴィス『The Man with the Horn』も並んでいました。同作にもマーカス・ミラーが参加しており、同じベーシストが関わった2作の競合をRosebud発の1枚が制した形です。一方、『The Penguin Guide to Jazz Recordings』などジャズ批評での評価は控えめで、賞・セールスと批評のずれ自体が、80年代スムースジャズ・ブームの起点とされる本作の立ち位置をよく表しています。
AORの耳で『Winelight』を聴き直す
AORリスナーにとって本作は意外に近い場所にあります。まず演奏陣。スティーヴ・ガッドはスティーリー・ダン『Aja』のタイトル曲でドラムを叩きソロもとっており、本作のリズム隊はスティーリー・ダンに代表されるAORの洗練と地続きの人脈です。
次に、インスト作品の中の歌1曲が大ヒットするという構図です。1976年のジョージ・ベンソン『Breezin’』では、ヴォーカル曲「This Masquerade」がグラミーの最優秀レコードを受賞し、アルバムはビルボード200で1位に輝きました。1979年のクルセイダーズ『Street Life』も、ゲスト・シンガーを迎えたタイトル曲で広い層に届いています。「Just the Two of Us」はこの流れの延長にある成功例です。
そしてウィザースの存在です。『Menagerie』で知られるウィザースの、力まずに語りかけるような歌い方は、AORのヴォーカリストたちが目指した温度感とよく重なります。スムースジャズとフュージョン全体の見取り図はスムースジャズ/フュージョン名盤8選を地図にしてください。まず「Just the Two of Us」のアルバム版、次にタイトル曲、最後にワシントン作の3曲という順で聴くと、工房とプレイヤーの両面が見えてきます。
試聴・購入
『Winelight』は、執筆時点(2026年10月)ではSpotify、Apple Music、Amazon Music などの各サービスで「Winelight」と検索すると試聴できます。アナログ盤で聴きたい方は、AORをアナログ盤で楽しむ入門もあわせて参考にしてください。配信状況は時期や地域で変わるため、各サービスでご確認ください。
参考資料
- Winelight – Wikipedia(英語)
- Just the Two of Us (Grover Washington Jr. song) – Wikipedia(英語)
- GRAMMY.com: Best Jazz Fusion Performance 1982
- 24th Annual Grammy Awards – Wikipedia(英語)
- Ralph MacDonald – Wikipedia(英語)
- Richard Alderson (music producer) – Wikipedia(英語)
- Grover Washington Jr. – Wikipedia(英語)
- J-POPを席巻する「Just The Two of Us」コード進行を読み解く – nippon.com
