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Gaucho – Steely Dan 完全レビュー|『Aja』以降の到達点と”狂気の完璧主義”(1980)

Steely Dan Gaucho AOR名盤ガイドのアイキャッチ(レコードモチーフ・ジャケット不使用)
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1980年11月、Steely Dan は7枚目のスタジオ・アルバム『Gaucho』をリリースした。前作『Aja』(1977) で AOR とジャズ・ロックの融合を完成形にまで押し上げた Donald Fagen と Walter Becker の2人が、さらに3年の歳月と MCA レーベルとの契約紛争、テープ消失事故、Becker の交通事故、恋人の急逝——あらゆる障害を乗り越えて生み出した本作は、結果的に Steely Dan としての”最後のアルバム”(2000年の再結成作までの19年間の沈黙の直前作)となった。Billboard 200 で9位、プラチナ認定、グラミー賞「Best Engineered Recording」受賞。AOR というジャンルの一つの到達点を示した1枚として、今もコアな愛好家から信仰に近い熱量で支持されている。

Steely Dan - Hey Nineteen (Official Video)
目次

このアルバムを聴くべき3つの理由

  • 『Aja』を超える”完璧主義”の極北。3年・8つのスタジオ・延べ42人のセッションマンを使い切った録音
  • Bernard Purdie/Steve Gadd/Rick Marotta/Jeff Porcaro と、当代最高のドラマー4人が同じアルバムで叩き分ける贅沢
  • “Mu chord”と呼ばれる Fagen 独自の和声語彙が完成。Hey Nineteen, Babylon Sisters の浮遊感はここから

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背景:3年・8スタジオ・42人——”狂気”の制作過程

『Aja』で批評・商業の両面で絶頂を迎えた Steely Dan は、1978年早々に次作の制作に入った。だが、ここから本作の悪名高い「制作地獄」が始まる。Walter Becker は1979年に交通事故で大腿骨を骨折、長期入院を余儀なくされる。同年、Becker も私生活で深い喪失を経験。さらにレコード会社 ABC Records が MCA に買収されたことで、流通契約をめぐる訴訟も発生。プライベートとビジネスの両面で精神的に追い詰められた2人は、それでも完璧主義を捨てなかった。

最も有名なエピソードは、エンジニア Roger Nichols が完成寸前のマスター・テープを誤って消去してしまった事件。1曲分(”The Second Arrangement”)はそのままお蔵入りとなり、再録音は断念された。それでも残った曲を磨き上げ、8つのスタジオを使って42人のセッションマンを動員し、ようやく1980年秋にリリースに漕ぎ着けた。総制作費はそれまでの彼らの作品で過去最高となった。

全曲レビュー(Side A → Side B)

Side A

1. Babylon Sisters(5:50)★

オープナーは、Bernard Purdie のシャッフルが支配する都市のメロウ・グルーヴ。冒頭のクラビネットとエレピのカウンター・メロディは、Steely Dan が Aja 以降に獲得した”湿度の高い”アンサンブルの教科書。Fagen の “Tell me I’m the only one” のフレージングは、彼の歌唱史において最も滑らかな部類。歌詞は中年男と若い女性のロサンゼルスでの逃避行——次曲『Hey Nineteen』と双子のテーマである。

2. Hey Nineteen(5:08)★ ティアA

シングルカットされ Billboard 10位の大ヒット。19歳の女性と、Aretha Franklin を知らない彼女のことを嘆く中年男の歌。Rick Marotta の極めて軽いシャッフル、Don Grolnick の Rhodes、そして Becker の乾いたギター・ソロ——どれもが「過剰さの一歩手前」で踏みとどまる絶妙な配合。サビ前の “We got the Cuervo Gold…” のところで聴こえてくるテキーラの瓶を傾ける気配は、AOR の語彙の一つの完成形と言える。

3. Glamour Profession(7:29)

Steve Gadd が叩く7分半のディスコ調ジャズ・ファンク。LA の裏稼業で生きる男を主人公にした寓話的歌詞と、Tom Scott のソプラノ・サックスのオブリガートが、夜の街路の冷たい湿度を呼び起こす。長尺だが、ループに次ぐループの中で微細な変化を聴き取る快感が病みつきになる。

Side B

4. Gaucho(5:32)

タイトル曲。Keith Jarrett のジャズ作品 “Long as You Know You’re Living Yours” のメロディに酷似していたため、Jarrett 側から指摘があり、最終的に共作クレジットが追加された。Steely Dan の和声センスがいかにジャズ即興の語彙と地続きであるかを、皮肉な形で証明した事件である。Larry Carlton のギター・ソロは短いが珠玉。

5. Time Out of Mind(4:13)

Mark Knopfler(Dire Straits)がリード・ギターで参加した、本作のもう一つの代表曲。Knopfler のクリーン・トーンと Steely Dan の重ねた和声感がここまで噛み合うとは——というのが当時の批評の主流だった。シングルカットされ、米英の両チャートでヒット。

6. My Rival(4:34)

Jeff Porcaro のドラム。Boz Scaggs『Middle Man』との同時期の録音であり、Porcaro の「軽くて重い」フィールが両作で別の表情を見せる。歌詞は、恋敵への密かな殺意を込めたブラック・ユーモア。

7. Third World Man(5:14)

エンディングを飾るバラード。Larry Carlton の長いギター・ソロが、アルバム全体の “湿度” を完璧に閉じる。元は前作『Aja』のセッションで録音された “Were You Blind That Day” を改作したものという経緯がある。Carlton のソロは Aja の “Peg” と並んで彼のキャリアの白眉。

「狂気のセッション」参加メンバー

  • Drums: Bernard Purdie, Steve Gadd, Rick Marotta, Jeff Porcaro
  • Guitar: Larry Carlton, Mark Knopfler, Steve Khan, Hugh McCracken
  • Keyboards: Don Grolnick, Rob Mounsey, Donald Fagen
  • Bass: Anthony Jackson, Chuck Rainey
  • Sax: Tom Scott, David Sanborn
  • Backing Vocals: Patti Austin, Michael McDonald, Valerie Simpson
  • Producer: Gary Katz / Engineer: Roger Nichols

42人のクレジットの中から代表だけ挙げた。AOR というジャンルがいかに濃密な人脈で成立しているか、このリストだけでも理解できる。Michael McDonald が Doobie Brothers と Steely Dan の両方でコーラスに入っていることは、AOR の「家族関係」を象徴している。

Roger Nichols とデジタル録音への移行

エンジニアの Roger Nichols は『Aja』に続いて本作でもエンジニアリングを担当、グラミー賞 Best Engineered Recording を受賞した。本作で特筆すべきは、当時まだ実用化されたばかりの 3M 社の32トラック・デジタル録音機を一部のセッションで使用していること。アナログとデジタルが共存する過渡期の音響として、80年代 AOR 録音技術の分水嶺となった。

特に Hey Nineteen のキックの定位と、Babylon Sisters のシンバルの伸びは、CD で聴くと圧倒的な情報量を持つ。リマスター盤(特に2014年の Cisco Music ハイブリッド SACD)で聴き直すと、Aja とは違う”乾いた密度”が明瞭になる。深夜の小音量再生で、ベースの粒の立ち方を確認してみてほしい。

このアルバムの位置付け

  • 1977: Aja(前作。AOR とジャズロックの融合を完成)
  • 1980: Gaucho(本作。完璧主義の極北)
  • 1981: Steely Dan 解散
  • 1982: Donald Fagen『The Nightfly』(個人名義のソロ第一作)
  • 2000: Two Against Nature(19年ぶりの再結成作)

『Aja』が「ジャズ・ロック融合のラブレター」だとすれば、『Gaucho』は「完璧主義者の遺書」である。両者は表裏一体であり、どちらか一方だけを聴いていては Steely Dan の世界の半分しか見えない。

私的な感想——Hey Nineteen の歳の取り方

『Aja』は若い頃に手放しで愛したアルバムだが、『Gaucho』は年を取ってから何度も戻ってきている。Hey Nineteen の歌詞——19歳の女性が Aretha Franklin を知らないことを嘆く中年男——は、自分が30を超え、40を超えるごとに違う響きを持つようになった。

Bernard Purdie のシャッフルは、これ以上のグルーヴはこの世に存在しないという確信を毎回新たにさせる。深夜に小音量でこのアルバムをかけると、ロサンゼルスの街角の湿度がまっすぐ部屋に流れ込んでくる——そういう不思議な体験ができる稀有な作品である。AOR を語る上で『Aja』だけを薦めるのは片手落ち。『Gaucho』こそが、彼らの”成熟した諦め”の音である。

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