1981年7月17日に Columbia Records から出た Journey の7作目『Escape』は、9月12日付の Billboard 200 で1位に就いた——ただし1週だけである。シングルの最高位は「Open Arms」の2位、次いで「Who’s Crying Now」の4位。いま誰もが知る「Don’t Stop Believin’」は9位止まりで、当時のシングル成績としては3番手にすぎなかった。
話が動き出すのは26年後だ。2007年、テレビドラマ『The Sopranos』の最終回にこの”3番手”が使われ、配信チャートで再点火する。2012年には「20世紀に録音された曲の中で最も売れたデジタル・トラック」と報じられ、そして2021年7月、発売から40年を経た『Escape』本体が RIAA のダイヤモンド認定(米国1,000万枚)に到達した。9位の曲が、40年かけてアルバムをダイヤモンドまで運んだのである。
本稿はこの時間差——1981年の数字と、2007年以降の数字の二重底——を軸に『Escape』を読み直す。
🎵 サビが来る3分21秒まで、流しながら待つ
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前座バンドの鍵盤奏者と、電話の向こうの父
発端は前年のツアーにある。1980年、『Departure』ツアーの前座を務めた The Babys に、鍵盤奏者 Jonathan Cain がいた。脱退を決めていた創設メンバー Gregg Rolie は、後任としてこの Cain を名指しで推薦する。マネージャーの Herbie Herbert は当初半信半疑だったが、Rolie は「もう一度あの男を見ろ。才能がある」と譲らなかった。創設メンバーが自分の後釜を前座バンドの中から見つけてくる——Journey の世代交代は、この穏やかな引き継ぎで完了した。
Cain には、ロサンゼルスでの下積み時代に電話口の父から言われた言葉があった。「信じることをやめるな。やめたら終わりだぞ(Don’t stop believing or you’re done, dude)」。Cain はこの一言を書き留めて持ち続け、Journey 加入後の曲づくりでタイトルを探していたとき、そのノートの一行が呼び出されることになる。
バークレーの春——8万ドルでできた『E5C4P3』
録音は1981年春、バークレーの Fantasy Studios。プロデュースは Journey のライヴ・エンジニアから昇格した Kevin Elson と、Queen のエンジニアとして知られる Mike Stone の共同で、マスタリングはニューヨークの Bob Ludwig。Ultimate Classic Rock によれば制作費は総額およそ8万ドル。のちに1,000万枚へ届くアルバムとしては、拍子抜けするほど手際のいい現場だった。
曲は加入直後の Perry–Cain 連名で次々に書かれた。二人の最初の共作セッションはサンフランシスコ、カストロ地区の屋根裏で行われ、そこで「Who’s Crying Now」が生まれている。「Open Arms」の原型は Cain が The Babys 時代から抱えていた未完成のピアノ・メロディで、当時のヴォーカリスト John Waite には「感傷的なくず」と一蹴されていた。Perry はこれを気に入り、キーを A から D へ移して二人で完成させる。捨てられかけた断片が、のちの全米2位である。
ジャケットは Stanley Mouse のイラストで、スカラベ(甲虫)が球体を割って飛び出す図柄。タイトルは「E5C4P3」と、文字の一部を数字に置き換えて綴られた。アルファベットを数字で書くこの表記が、のちにこのアルバムがたどる”デジタルの余生”の予告編に見えてくるのだから、ジャケットとは不思議なものだ。
1981年の成績表——「Don’t Stop Believin’」は3番手だった
| 作品 / シングル | Hot 100 / Billboard 200 | 備考 |
|---|---|---|
| 『Escape』(アルバム) | Billboard 200 1位(1週・1981年9月12日付) | 2021年7月に RIAA ダイヤモンド認定 |
| Who’s Crying Now | 4位 | 1981年7月9日発売の先行シングル |
| Don’t Stop Believin’ | 9位 | 1981年10月発売 / Mainstream Rock 8位 |
| Open Arms | 2位(6週) | 1982年1月発売 / Adult Contemporary 2位 / 米国プラチナ |
| Still They Ride | 19位 | 1982年5月発売 |
表の通り、1981〜82年時点でのエースは「Open Arms」だった。6週間にわたり2位に据え置かれ、前半は The J. Geils Band「Centerfold」に、後半は Joan Jett & the Blackhearts「I Love Rock ’n’ Roll」に頂点を塞がれている。「Who’s Crying Now」の4位がそれに続き、「Don’t Stop Believin’」は9位。ヒットではあるが、この年の Journey を代表する数字ではなかった。
サビを3分21秒まで取っておく——4分11秒の設計
その3番手には、しかし他の2曲にない構造上の仕掛けがあった。4分11秒の曲の中で、タイトルを含む本当のサビが初めて登場するのは3分21秒——残り50秒の地点である。ヴァースとプリコーラスを積み上げ、聴き手を最後まで引っ張ってからようやく解放するこの”後回し”の設計は、本来シングル向きとは言い難い。3分でフックを求めるラジオの時代に9位止まりだった曲が、最後まで聴かれることを前提とする配信の時代と噛み合ったのは、偶然ではないだろう。
Cain は「タイトルと終盤のパートと歌詞の大半は持っていた。でも形になったのは Steve と座って作ったときだ」と語っている。Perry のヴォーカルは執拗に磨かれ、特定のパッセージの録り直しに数日をかけたことが知られている。
アルバムの深部にも触れておきたい。B面の「Mother, Father」は Neal Schon が父 Matt Schon と共作した重量級のバラードで、シングル群とは別の顔を持つ。5人全員の名がクレジットされたタイトル曲「Escape」と並び、本作が単なるシングル集ではなく”アルバム”である理由を支えている。
スカラベに乗って逃げろ——Atari 2600『Journey Escape』(1982)
再点火の前に、奇妙な脇道がある。1982年、Data Age 社から Atari 2600 用ゲーム『Journey Escape』が発売された。プレイヤーはメンバー5人を、群がるグルーピー、こそこそ動くカメラマン、うさんくさいプロモーターの間を縫って進ませ、コンサートの売上金を守りながら脱出艇「Scarab」まで送り届ける。脱出艇の名も形も、もちろん Stanley Mouse のジャケットから来ている。翌1983年には Bally Midway からアーケード版『Journey』も登場した。
ロック・バンドが自分たちのビデオゲームになる——1982年の時点でこれは相当に風変わりな出来事だ。振り返れば、このアルバムのデジタルな延命は『The Sopranos』の四半世紀前、8ビットのスカラベから始まっていた。
2007年6月、二度目の人生——『The Sopranos』から Glee、そして病棟へ
2007年、HBO『The Sopranos』の最終回「Made in America」のラストシーンに「Don’t Stop Believin’」が使われると、ダウンロードが急増し、この曲は四半世紀ぶりに表舞台へ戻ってきた。2009年には TV『Glee』のカバーが Hot 100 に4位で初登場(初週17万7,000ダウンロード)し、米国だけで142万件を売る同シリーズ最大のヒットとなる。英国でもオリジナルが2009年2月にチャートへ再浮上し、『The X Factor』での歌唱を追い風に2010年に6位——1981年当時の英国成績を大きく上回る順位を記録した。
再点火は一過性ではなかった。2012年には「20世紀に録音された曲の中で最も売れたデジタル・トラック」と報じられ、2017年までに米国のダウンロードは700万件を超え、Spotify の再生も10億回を超えた。COVID-19 の流行下では、デトロイトの Henry Ford Hospital が回復に向かう患者たちのために毎日この曲を院内に流したことが伝えられている。サビを3分21秒まで取っておく曲は、いつのまにか”待つことを知っている人々の歌”になっていた。
40年目のダイヤモンド——ふたつの時代の数字を並べる
| 指標 | 1981〜82年 | 再点火以降 |
|---|---|---|
| 「Don’t Stop Believin’」チャート | Hot 100 9位 | Glee 版 4位(2009)/ 英国 6位(2010) |
| 「Don’t Stop Believin’」セールス | — | RIAA 18×プラチナ / DL 700万件超(2017年時点) |
| 『Escape』(アルバム) | Billboard 200 1位(1週) | RIAA ダイヤモンド認定(2021年7月) |
1981年の『Escape』は、同じ月に出た Foreigner『4』と並ぶアリーナ AOR の頂点として計測された。だが本作だけは、発売週のチャートでは測れないもうひとつの物差しを持っていた。それを数字で証明したのが、発売40年目のダイヤモンド認定である。
Journey はこの成功を、同じ5人・同じプロデューサー陣で作った『Frontiers』(1983)で追走する。録音文化の系譜としてはBoz Scaggs『Silk Degrees』以来の西海岸スタジオ・ワークの延長線上にあり、AOR の完成形という意味では翌年のToto『IV』へ橋を架けた。チャートは発売週に一度だけ測るものではない——『E5C4P3』というタイトルの数字は、40年後の桁まで数えていたのかもしれない。
参考資料
- Wikipedia — Escape (Journey album)(発売日・認定・クレジット)
- Wikipedia — Don’t Stop Believin’(曲の構造・再点火の経緯・セールス)
- RIAA Gold & Platinum Database(認定枚数)
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